第10話の1 おばあちゃんのお話

 ギィ、ギィ

 さあ始まるよ。

 見世物小屋が始まるよ。

 お代は見てのお帰り

 喝采、喝采


「あらまあ、懐かしいねえ」

 荷馬車が到着し、あわただしく団員らが行き交い荷物を降ろしている中、つえをつきながら通りかかった老婆がそう言った。


「おや、前にもいらしていただいたことが?」

 仮面の男が声をかけてくる。

「あれあれ、あなた、前の団長さんの息子さん…いえ、お孫さん?」

 老婆が驚いたように目を丸くする。


「前にここへきてショーをやったのは50年も前のことでしょう。同じ人であるわけがないものねえ。その仮面よく覚えてるよ」

「ああ…まあ、そうですね、はい」

 仮面の男はうなずいた。


「当時私は旦那と付き合い始めたばかりでねえ。デートに誘われてここのショーをどきどきしながら二人で見に来たもんさ」

 仮面の男は木箱を引きずってきてそこに座るよう勧め、老婆の話に耳を傾けた。

 ありがとうよ、と言って老婆はよっこいしょ、と腰を下ろした。

 仮面の男はそのまま地べたに座り込み、胡坐をかいている。


 老婆は、仲睦まじいナイフ投げの男女、きらきらと光り輝くトカゲの話などまるで昨日見た出来事のように話した。

 仮面の男は口をはさむでもなくそれを聞いていた。


「このショーを見終わった後旦那がね、真っ赤な顔をしながらバラを一輪差し出して「僕と結婚して下さい」といったのさ。ま、生活は楽じゃなかったけど、子供にも恵まれてそれなりに幸せな人生だったよ」

「旦那様は」

 老婆は首を振った。


「一年前にね、はやり病で。あっという間だったんだよ。孫が結婚相手を連れてくるといって、それはそれは楽しみにしてたのに、顔を見ることもできなかった」

「そうですか」

 仮面の男は空を見上げた。

 上空は風が強いのか、雲がゆったりと流れていく。


「ほんとうに、あの病さえなければ一緒にこのショーを見れたのに。あなたは知らなくても、このショーが結婚のきっかけになったんだとお礼を言いたかったんだよ」

 ごほ、ごほと老婆がせき込んだ。


 団員があわてて水を持ってきた。

 仮面の男は背中をさすってやりながらそれを差し出した。

 老婆はそれを受取ろうとしたが、手が汚れているのに気づきさっとひっこめた。

 その手は吐血した血にまみれていた。


 仮面の男は自分の手が汚れるのもいとわず、その手を取り、コップを持たせてやった。

「ありがとうねえ」

 受け取り、老婆はゆっくりと水を飲んだ。

 ふう、と息をつく。


「すまないね、汚してしまって」

「気になさらず」

「もう、長くないんだよ。医者にそろそろと言われててねえ。まあ、思い残すこともなし、毎日を過ごしているよ」

 仮面の男は無言でそれを聞いていた。


「おばあちゃん!ここにいたの」

 背後から声がした。

「孫夫婦だよ。一年ぶりにきてくれてね」

 屈託のない笑顔で男女が立っていた。

 仮面の男に気づくとぺこりと夫婦そろって頭を下げた。


 老婆はゆっくりと立ち上がった。仮面の男はそれを支えてやった。

「さっきのことは内緒だよ。孫夫婦とショーを見に来るからね」

 夫婦に支えられゆっくりと歩き去る老婆の後ろ姿に、仮面の男はぺこりと頭を下げた。

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