【物語】「終わらない物語」という作品の愛し方
晋子(しんこ)@思想家・哲学者
終わらない物語、それはあなたと紡ぐ新しい旅のはじまり
ある人は、ゲームの終わりのボスを倒さないままプレイを止めてしまう。ある人は、好きなアニメの最終回の録画を見ないままにしておく。あるいは、ずっと追いかけてきた漫画の連載が最終章に差しかかったところで、読むのをやめてしまう。これは決して「飽きたから」ではない。「つまらなくなったから」でもない。むしろ、逆だ。あまりにも好きすぎて、終わってしまうのが怖いのだ。物語の終わりを迎えることが、自分の中でその世界との別れを意味してしまう。だから、終わりの直前で立ち止まってしまう。これは、感受性のある人ほどやってしまう「愛し方」のひとつである。
たとえば、名作RPGのラスボス戦の手前。レベルも十分に上がり、装備も整え、あとは最後のダンジョンに入るだけというところで、プレイヤーはコントローラーを置く。そして、そのまま放置してしまう。自分がその世界の中で長い時間をかけて築いてきた絆や物語が、「THE END」の文字で閉じられてしまうことに、無意識に抗っているのだ。そのゲームのエンディングを見ることで、自分とそのキャラクターたちとの関係が「思い出」になってしまう。だから、最後の戦いをあえて避ける。そうすることで、「まだ冒険は続いている」と、自分の中で思い続けられる。
アニメでも、似たようなことが起こる。たとえば、長く放送されてきた感動的な物語、何シーズンにもわたって描かれてきたキャラクターたちの成長。それをリアルタイムで追いかけてきたファンが、最終回の録画だけを残して視聴を止めてしまう。心のどこかで、「この物語はまだ終わっていない」と思いたいからだ。最終話を観てしまえば、キャラクターたちは自分の前から去ってしまう。彼らがその後どうなったかを知ることができても、それ以降の未来を想像する余地がなくなってしまう。それは、あまりにも切ない。だから、あえて観ない。録画したままにしておく。それは、物語を終わらせずに、自分の中で永遠に続けるための小さな抵抗だ。
漫画もそうだ。長年連載されていた作品が「最終章突入」と銘打たれると、それまで毎週欠かさず読んでいた読者が、そこで読むのをやめてしまうことがある。結末に向かっていく物語を読むことは、自分の中でその作品を「閉じていく」作業になる。それが寂しくて、怖くて、耐えられない。だから、あえて「途中で止める」という選択をする。読まなければ、まだ彼らの物語は続いている。自分の中で、永遠にあのキャラクターたちは生きている。
これは決して悪いことではない。作品をきちんと最後まで楽しむのが「正しい」とされがちだけれど、物語の楽しみ方に正解はない。終わらせずに、途中で止めておくという楽しみ方も、立派な「愛し方」だ。むしろ、それはその作品に深く感情移入し、心の奥深くにまで入り込んだからこそ選ばれる、ある種の贈り物のような行為でもある。終わらせてしまえば、現実に戻らなければならない。だから、終わらせずに物語の中にずっと身を置く。それは、とても優しい感性の表現であり、尊重されるべき心の動きである。
物語の終わりとは、出会いの終わりであり、関係性の終わりでもある。しかし、本当に大切な物語というのは、終わっても心の中では続いている。むしろ、「終わりを迎えさせないこと」で、その物語を生き続けさせることもできる。これは、読み切られた物語にはできない、特別な「続き方」だ。現実の人生とは違って、物語はいつまでも自分の中で凍結できる。止めておくことによって、永遠を与えることもできる。それは、感動を保存するという高度な感情操作でもある。
人は、ただ面白かったから観るのではない。心が動いたから、観ていたのだ。そして、その心があまりにも強く動きすぎたとき、人は「別れ」を受け入れるのがつらくなる。そのとき、人は「見届けない」という選択をすることがある。それは逃げでも後ろ向きでもなく、「永遠にしてあげる」という愛情の形だ。だから、もしあなたの部屋の棚に、最終巻だけ読まれていない漫画があったり、最終回だけ観ていないアニメの録画があったとしても、それはあなたが飽きたからではない。あなたが、その物語を大切にしていた証拠だ。
終わらない物語を、心の中で生かし続ける——
それは、感性豊かな人だけができる、とても繊細で優しい「楽しみ方」なのである。
【物語】「終わらない物語」という作品の愛し方 晋子(しんこ)@思想家・哲学者 @shinko
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