第3話 偵察せよ
「米軍イージス艦、ノルマンディーの実情偵察ですか…。」
目の前で潜航艇運用科の操縦士、橋本が難しい顔をしている。原子力潜水艦セイレーンの航海科長の安達栄子は、先ほどリヴァイアサンからの指令を受け取ってすぐに橋本を呼んだ。
潜水艦セイレーンを操る航海科長としては反対したい。実情視察などせず、魚雷の飽和攻撃で十分なはずだ。
大胆な作戦を取ると思っていたファントムクラブの作戦班らしくない慎重な提案だし、その割には潜航艇はやぶさをかなり危険に晒すことになる。
「難しかったら断ってもいいのですけど…」
「その必要はありません。なぁ尾形」
総務士の尾形が隣で頷いている。セイレーン随一の名コンビと言われるだけある。親方タイプの橋本と、どちらかと言うとのんびりした感じの尾形は相性が良さそうにないが、なぜか波長としてはいい感じに合うらしい。
「その代わり、セイレーンも30分ほどの位置で待機していて欲しいです。」
「わかりました」
はやぶさにも兵装が無いわけではない。だが、今回のように危険度の高い任務には足りない。魚雷を満載したセイレーンができるだけ近くにいたほうがいいだろう。
「では、準備してきます。」
「了解」
セイレーンが近づくことも得策ではない。なぜならまだ敵はファントムクラブの存在すら知らないからだ。先ほどリヴァイアサンからミサイル攻撃をして失敗したらしいが、敵はどこからの攻撃なのか、分析に躍起になっているだろう。
そんな状況で、居ることさえ把握されていない潜水艦は圧倒的に有利な駒となりうる。だから今は距離をとって、攻撃の際に突然姿を表すほうが得策なのだ。
しかし、一隻しかない虎の子のはやぶさを失えば、今後の任務に支障が出る。海に拠点を置く我々にとって秘密裏に戦闘部隊を上陸させられる数少ない手段だ。
だから、探知されないギリギリの距離まで近付いて、はやぶさを守る。安達は全艦に号令をかけた。
「はやぶさ、発進用意。総員戦闘配置につけ。」
「はやぶさ、発進用意。総員戦闘配置につけ。」
聞こえてきた放送に橋本は顔が緩みそうになる。安達はセイレーンに少ない女性隊員だ。年もそこそこなので、お母さん的存在なのだ。20代の橋本にとって、お母さんが守ってあげるわよ、と言われた気分になる。
ハッチからはやぶさに乗こみ、機器のチェックを始める。
「潜望鏡カメラよし、曇りなし、水密チェックよし、気圧調整始め、」
「舵よし、トリムよし、注水始め、銃器よし、兵装安全装置よし、」
30に及ぶチェックを終えると、任務の確認である。
「北上するサブジェクトの後方から接近し、艦に損傷がないか、確認する。甲板に敵がいれば撮影する。人数を概算して報告する。改造された兵器がないか確認する。」
「注意すべきは対潜兵器だね」
そう。装甲も普通の潜水艦ほど厚くないはやぶさは、魚雷が直撃せずとも至近で炸裂するだけで圧壊しうる。
「攻撃を受けたら深く逃げるからな。察知したらすぐ報告してくれ。」
「りょーかい」
「こちらセイレーン発令所。放出ポイントまで20分。」
「はやぶさ、発進準備完了しました。20分後に放出了解です。」
「潜航艇搭載室、注水はじめ。」
セイレーンの中央下半分にある収用ベイに、はやぶさは収まっている。ハッチを開ける前に徐々に周りを水で満たして、水圧を調整していくのだ。
「注水完了。ハッチ分離。」
「通信ケーブルよし。」
「セイレーンよりはやぶさ、放出地点に到着。本艦の速力20。深度30で北上中。サブジェクトの距離0字の方向2。」
「はやぶさ了解。」
「よし、行こうか。」
「こっからは、マジでやばいと思う。しっかり気を引き締めていくぞ。」
今のは自分に向けて言った。
「セイレーンよりはやぶさ。うねりなし、速力0。いつでもどうぞ。」
「放出完了。通信ケーブル、カットします。」
はやぶさは今度は凍えるドレーク海峡にに放り出された。
---
偵察任務、一回では終わりませんでした。と言うか始まってもいない。まだ続きます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます