第6話 越後へのアポなし訪問

 週末の休みの日、田上たがみ健次郎けんじろうは、半ば衝動的に越後えちご予報センターを訪れた。

 そこで彼を出迎えたのは、気象予報士の藤岡ふじおか良治りょうじだった。


「お、置賜おきたま予報センターの期待の星じゃないか! わざわざ来てくれて光栄だよ!」

 藤岡は気さくに笑った。


「急に来てしまってすみません。高峰たかみねさんにお会いしたくて……」

 田上が申し訳なさそうに言うと、


 藤岡は

「あー、高峰のは、今日はあいにく羽越うえつに行ってるんだ……。

 でも、ちょっと連絡してみるよ。」

 そう言うなり、高峰に電話をかけた。


 そして

「おやっさんね、これからこっちに来るって!

 ちょっと、ここで待ってもらっても良いかな? ま、2時間くらい掛かるかな……

 それまでの間、俺でよければ、話、聞くよ」


 応接室では、コーヒーの香りが漂う中、藤岡は椅子を勧めた。

「で、置賜からわざわざ来たってことなんだけど、どうしたんだい?」



 その気さくな口調に、田上は心を開いた。


「実は、最近、ちょっと自分を見失ってしまって……。

 それで高峰さんの意見を聞いてみたくなったんです。


 今の自分の仕事は、表向きはローカル局の『気象キャスター』なんですが、

 実際は首都圏の会社の予報ので解説するだけなんです。


 そして、天気図の代わりにスパコンのCGアニメを使って、

 あらかじめ先方から用意された台本に沿ってコメントするんです。

 でも、それだとやっぱり、現場での解釈が反映されにくいですよね。


 唯一『お天気ワンポイント』だけはを伝えることはできるのですが、

 地域の気象特性を自分で読み解いて……と言うわけにはいかないんです。


 そんな時に……高峰さんの論文を読んで、

 今後の自分の方向性が、このままで良いのかな……って思っているんです」



 藤岡はコーヒーを飲みながら、頷いた。


「うーん……、その話の感じだと、田上の担当している天気番組ってのは……

 今流行っている『スパコンのCGアニメを』ってスタイルかな?

 でも、それだったら、別に気象予報士いらないだろ?……って話だよね。」



 これには、田上もコーヒーカップを両手で握りしめながら、苦笑い。


「まあ、そうですよね。

 以前の天気予報は、それこそ『天気図』をもとに気圧配置や高気圧・低気圧、

 そして前線の動きを一つ一つ解き明かすように解説していましたよね。


 でも、それだと『難しそうでよくわからない』って感じる人も多い……って

 この仕事を始める頃に、聞いたことがあります。


 それに対して、CGアニメーションだと、詳細な動きや流れも見えるので、

 『見た目のインパクトが強くて、わかりやすい』という意見もあるようです。


 まあ、全国版の『概況』を見るだけなら、それでも良いのかも知れませんが、

 自分が関わってるのは、あくまで『地域密着型』の番組なんですよね。


 それなら、やっぱり地域の特徴を反映した、

 地元に根差した解説を目指した方が良い、と思ってはいるんですが……」



 藤岡は静かに続けた。


「確かに、田上の言う通り『地域気象の特性』をもっと深く読み解くのが

 気象予報士ならではの、本来の強みだと思うけどね。


 地元にいて、実際にその現象を目で見て、肌で感じて、体験する。

 そして、観測データを基に分析する。

 客観的なデータと自分が見て・聞いて・感じたイメージが頭の中で融合する。


 地域の天気って、やっぱり試行錯誤と言うか、

 経験積まないと見えてこない部分があるんだよな。

 それこそ稿ができるくらいまで、調査・研究を重ねる。

 そうして、やっと『悟り』が開けるのかもしれない。


 だから、よくある『見せ方重視』、それこそ『エンタメ指向』の解説だけじゃ、

 いずれ地元の視聴者にも響かなくなってしまうんじゃないかな?

 ……ま、あんまり、大きな声じゃ言えないけどね。

 

 とは言え、地元の天気がどうなるのか、そうなるのか?

 本当に知りたいのは、そこなんだよね。

 専門的な立場から『自分はこう考える!』ってのが欲しいんだよな……。


 今、田上が持っている疑問は、確かに俺もそう思う。

 そういったことも含めて、その想い、高峰のおやっさんに全部ぶつけてみろ。

 おやっさんなら……きっと、何か応えてくれるはずさ!」



 藤岡の言葉に、田上は「ホッ」とした表情を浮かべた。


――自分の率直な気持ちを、真正面から受け止めてもらえた。

  同じ疑問を持っている同士がいる。


 そう思えただけで、少し気持ちが軽くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る