第35話 ジュンナ、怒る

「リアさん。私がどうして怒っているか、お分かりですね?」


 悪霊騒ぎにクラスでの一騒ぎ。今日は本当に激動の一日だった。

 

 家に帰ってきて晩御飯を済ませるや否や、私は速攻で風呂と歯磨きまで終え、最速で寝ようとしていた。疲労が限界だったし、貧血気味だったから。

 ……決してジュンナの説教から逃げようとしたわけじゃない。本当に。


 ところが、自分の部屋に篭ろうと思ったところで、「リアさん?忘れたわけではありませんよね?」と詰められ、現在に至る。

 怒るにしてもリビングで良いものを、わざわざ和室に呼び出されて正座である。こんな怒られ方、おばあちゃんにもされたことない。


「えっと……不法侵入になることを事前に伝えて忘れてたから……?」


「確かにそれも怒ってます。危うく捕まってしまうところでしたよ」


 「でも、他にもっと怒っていることがあります」と、言葉尻に続けた。

 ジュンナは唇を尖らせてプンスコと起こり続ける。


「なら、桃色の髪の毛は珍しくないって誤魔化したこと?」


「本当ですよ! なんであの時嘘ついたんですか!私、街中にいる時も変な目で見られてたってことですよね!?あぁ……恥ずかしい……」


「でも、似合ってるっていうのは本当よ?」


「え、そ、そうですか? ……って、違います! 確かにこれも怒ってますが、もっと怒っていることがあります……!」


 怒ったり落ち込んだり照れたり、忙しい人だ。

 ジュンナの百面相は面白いが、これ以上は不誠実だと思って観念する。


「……わかってる。私がほんの少しだけ無茶したことに怒ってるんでしょ?」


「『ほんの少しだけ』?」


「……けっこう無茶しました。ごめんなさい……」


「はぁ……。今回は無事だったから良かったものの、血塗れになっているのを見た時は肝が冷えましたよ……」


 無茶で無謀で無策だったという自覚はある。

 心配をかけたことも、無茶しないという約束を反故にしたことも、心から反省しているし、申し訳なく思っている。


「『危なくなったら逃げる』という約束でしたよね? どうしてあんな無茶をしたんですか?」


「あれ以上被害が広がるのはマズイし……私が見張ろうと思って……。それに!あの悪霊、姿見えなかったから、ジュンナが来るまでに何か情報があった方がスムーズかと……」


「師匠としては怒るべきかもしれませんが、一精霊術師としては賞賛すべきですね……。今、弟子を取ることの難しさを痛感しています……」


「判断、間違ってなかったってこと?」

 

 私の質問に対し、ジュンナは怒っていた口調を少し和らげて言葉を続けた。


「今日の悪霊のように、なかなか姿を現さないものもいます。リアさんがあらかじめ誘い出していなければ、姿を見せる条件を調べるところからです。そのため、祓うのにもっと時間を要していたでしょう。その上足止めまでしたのですから、仕事量としては十分すぎます。被害を最小に抑えるという点では、最良だったと言えますね……」


「合ってたんだ……。良かった……」


「問題はその方法です! まだ修行を始めて一週間なんですよ!? 確かに貴女は異常な速度で成長していますが、普通ならやられてますからね!?」


 再び声を荒げたジュンナに、私は萎縮する。

 

「ごめんなさい……約束破ったの、本気で反省してる……。だから、破門にはしないで!突っ走る癖も改めるから!」


 高崎さんの前で精霊術がバラしかけた時に続き、僅か一週間の期間に二度目の破門の危機。

 

 正座の体勢のまま、私は誠心誠意頭を下げた。

 黙って畳を見つめることしかできない自分の存在が、酷く苦しい。


 くどく思われたのか、愛想を尽かされたのか、ジュンナのため息が聞こえた。

 

「今回は対応が遅れた私にも非はあります……。周囲の安全を優先したという点も考慮して、破門にはしません……。ただし、次はありませんよ?」


「私も、もう無茶はしない! 次はちゃんとジュンナが来てくれるのを待つ!」


 許しの言葉を貰えて、嬉しくて勢いよく顔を上げた。

 

 目の前にいるジュンナは、呆れている、もしくは怒り続けていると思っていた。

 けど、そこにいたのは、とても悲しそうな瞳をした少女だった。


 私は、そんなジュンナの表情が意外で当惑してしまう。

 

「血塗れの貴女を見て、本当に心配したんですからね……?」


「あ……ご、ごめん……」


「……リアさんが『一緒に戦いたい』と言ってくれた時、本当は少し嬉しかったんです。今まで、そう言ってくれる人はあまりいなかったので……。だからこそ、迷いながらも精霊術を教えることに同意しました……」


 ジュンナは気持ちが溢れたように独白を続けた。

 私は相槌を打つこともせず、紡がれていく言葉にただ耳を傾けた。


「ですが……それは決して、リアさんに自己犠牲の手段を与えたかったからではありません……。リアさんが人々を助けたいと思っているのと同じように、私は貴女にも傷ついて欲しくないんです……」


 無理を言って師事してもらっておきながら、ジュンナにそんなことを言わせてしまった自分が情けなかった。


 ジュンナは優しい。

 だからきっと、私が精霊術を覚えたことで傷付いたら、ジュンナは自分自身を責めてしまうんだと思う。それに、私が倒れでもしたら、彼女は今度こそこの世界で身寄りがなくなってしまう。

 そういうところにまで、私は考えが回っていなかった。


「今思えば、精霊術を教えてもらって役に立てるんだと調子に乗ってたかも……。私、ちょっと自分勝手すぎたわね……。ジュンナの気持ち、全然考えられてなかった……。本当にごめん……」


「こちらもすみません……師事する立場であるのに、こんなに感情を乱しているようでは……いけませんね……」


 和室に気まずい沈黙が流れる。

 

 こんな時、気の利いたことも言えずに黙ってしまうあたり、やっぱり私たちは人付き合いが苦手なんだと思う。

 二人揃って、どうすれば良いかわからなくなって視線が宙を彷徨う。


 次に出せそうな話題を探す。

 寝ることを提案する?それとも、コーヒーでも飲んで談笑する?テレビを見るのもあり?

 いや、どれも違う気がする。

 一番は……。


「ね、ねぇ……、今から修行、付き合ってよ……。私がもっと強くなれば、ジュンナも安心できるでしょ……?」


 私の言葉に、ジュンナは一瞬驚いた表情を見せた後、優しく微笑んでくれた。

 一呼吸置いてから、その淡い色の唇が開かれる。


「それはダメです」


「は、はぁ!? なんでよ!そこは、『仕方ありませんね……』とかって言うところでしょ!」


「リアさん、鼻血が出るほど身体を酷使したの忘れたんですか!?しばらくは修行禁止です!安静にしていてください!もちろん、瞑想なども禁止です!」


「ぐ……。め、瞑想も禁止はやりすぎじゃない?無理しない範囲なら……」


「反省が足りないのなら、お説教を延長しますか? 私はいくらでも正座してられるので構いませんよ?」


「わかった!私が悪かったってば! これ以上は足が動かなくなるから勘弁して!」


 やっぱりジュンナは怒らせちゃいけない。

 そして、精霊術の修行ができない代わりに、正座の練習をしておこうと思った私であった。

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