第18話 時を超えた少女と始める共同生活

 換気、問題なし。

 照明、問題なし。

 掃除機がけ、問題なし。

 エアコンの動作、問題なし。

 ベッドのシーツは、明日洗う。


「本当に、こんな素敵な部屋を私が使ってしまって良いのですか?」


「うん。どうせ長らく使われてない空き部屋だし、使ってくれた方が部屋も報われると思うわ」


 おばあちゃんのお見舞いを終えて、私たちは自宅まで帰ってきた。

 そして、さっそく行った作業がこれ。ジュンナの部屋の片付けである。


 ――ジュンナは、私の家で暮らすことになったのだ。


 六畳ほどの部屋にある家具は、ベッドと衣装タンス、それに仕事とかに使えそうなデスクくらい。年に一度くらいは手入れしていたし、大して物がないおかげで、掃除は思ったより時間がかからなかった。


 早速部屋中をキョロキョロと見渡しているあたり、お気に召してくれただろうか。家具や内装こそ洋式ではあるが、すぐに馴染めるはずだ。

 

「ご迷惑でしたら、いつでも追い出していただいて大丈夫ですからね?」


「そんなことするわけないでしょ?あんた、戸籍もないんだから、家を借りるどころか仕事もできないわよ」


「それは……そうですが……」


「それに、私はジュンナに弟子入りしたんだし、一緒に暮らす方が効率も良いでしょ」


「お婆様の許可は頂かなくて大丈夫だったのですか?」


「むしろ、おばあちゃんからの命令みたいなものだから……」


 私だって、ジュンナには最初からうちに住んでもらうつもりだったけれど、御神木の調査やらおばあちゃんのお見舞いやらで、完全に言い出すタイミングを失っていたのだ。


 結果、おばあちゃんには病室を出る間際に睨まれてしまった。おばあちゃんは滅多なことで怒らないけれど、他人に迷惑をかけることに関しては本当に厳しい。

 

「この部屋、昔はお母さんが使っててね。いつ帰ってきても良いように、服とかそのままにしてたんだけど……数年前に完全に出払ったみたいなの。今は何も残ってないはずだから、ベッドもタンスも自由に使って」


「良いのですか……? お母様がまた帰ってくる可能性は……」


「良いの良いの。私、お母さんにこの家に預けられて以来、お母さんの記憶ほとんどないの。もう何年も会ってないどころか、連絡先も知らないしね。そんな人、ここに帰ってくるとは思えないわ」


「……すみません。無神経に踏み込んだ質問をしてしまいました……」


「気にしないで。私の分の生活費は送ってくれてるし、別に嫌っているわけじゃないから」


 まだ少し埃っぽいせいか、ジュンナが落ち込んだせいか、少し空気がどんよりとした。


「私のことは気にしなくて本当に大丈夫だから。まずはジュンナのことよ。早々に、身の回りのものも揃えないとね。パジャマとか歯ブラシとか……明日買いに行きましょう。ついでに、街も案内するわ」


「そうですね……。いつまでも夜雲さんの私物をお借りするわけにもいきませんし……。街を案内していただけるのもありがたいです」


「病院の道中も、ジュンナが目回して倒れちゃうかと思ったわよ」


「見ず知らずのものが多すぎて……お恥ずかしいです……」


 おばあちゃんは駅近くの病院に搬送されたため、道中に駅付近を通る必要があったのだが……。


 私が住む美鳥 みどりという地域は、小さな町だ。都会というほど発展はしていないが、田舎というほど何もないわけでもない。駅前に大きめのスーパーや商店街こそあるが、発展して賑わっているとは言い難い規模感。

 この街で目を回しているようでは、ジュンナが東京に出たら、ジェネレーションギャップでショック死してしまうのではないかと心配になる。


「この時代で生きていくことになったからには、色々と勉強しないといけませんね……」


「そうねぇ。まぁ、聞いてもらえれば何でも答えるから、遠慮せずに質問して」


「ありがとうございます。夜雲さんは、私の現代知識の師匠ですね」


「言い得て妙ね。あ、師弟関係に関して少し思ってたことがあるんだけど、今聞いても良い?」


「何でしょうか?」


 私は、今日一日、というより、昨日から思っていたことを満を辞して質問した。


「その、”夜雲さん”って呼び方、どうにかならない?弟子の私がジュンナを呼び捨てなのに、あんたが私に”さん”付けるのは、やっぱり変な気がして」


「そうでしょうか……? 私は気にしませんが……」


「私は気にするのよ。私がジュンナを”夢桜さん”って呼ぶか、ジュンナが私を”リア”って呼ぶかのどっちかね」


「えぇ……変えなければダメなんですか……?」


「最もらしい理由をいうなら、単純にややこしいのよ。うち、代々婿入りの家系だから、おばあちゃんも苗字が”夜雲”なの。今日みたいに私とおばあちゃん両方いる時は、どっちを指してるか分かりづらいのよ」


「なるほど……」


 ジュンナはこめかみに指を添えて悩み始めた。

 私からすれば、至極どちらでも良いのだが、礼儀正しいジュンナにとっては人の呼び名というのはとても大切なものなのだろう。


「そうですね……前者は、夜雲さんから距離を離されてしまったみたいで、何だか嫌ですね……」


「そう、かしら……?」


「分かりました……。私が夜雲さんを、"リアさん"、とお呼びすることにします……。構いませんか?――リアさん……」


「え、えぇ……」


 家族以外で私のことを下の名前で呼ぶのなんて、中学からの付き合いがあるヨモギくらいなのに、出会って一日しか経っていない子に呼ばれるとは……。


 自分で呼び方を変えるように頼んでおいて何だが、激しくむず痒い。

 ジュンナの方も照れるものがあるようで、二人揃って気まずそうに下を向いた。呼ぶ側も呼ばれる側も、人付き合い初心者なのが透けて見えて、気まずい。

 

「すみません……。年上の方を下の名前でお呼びするのは、生まれて初めてで……」


「年上? 私が? 生まれ年で言うと、ジュンナの方が年上にならない?」


「その計算方法にしてしまうと、私は103歳になってしまいますよ。大人っぽいので、リアさんの方が年上では……」


「ちょっと待って、103歳?」


 ジュンナが封印されたのは1940年だから……85年経過しているわけで……。

 その結果、今103歳相当ということは……。


「ジュンナ、もしかして18歳?」


「はい。封印された1940年の時点では、既に誕生日を迎えていたので……」


「私、16歳よ……?」


「え……?」


 こうして、生まれた年代も、年齢も違う私たちの二人暮らしが幕を開けたのだった。


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あとがき


お読みいただき、誠にありがとうございます。

♡や☆、応援コメントいただけますと、大変励みになります。


ハートフルで読み応えのある物語になっていきますので、続きも手に取って頂けますと幸いです。


今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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