第10話 カレーライスでいいや
「おばあちゃん、やっぱり私着いていくわ」
担架で運ばれていくおばあちゃんに向けて、私は再度付き添いの打診をした。
救急車の赤い光を見ていると、どうしたって焦りと不安は込み上げてしまう。
悪霊を払った後、私たちは急いで家に戻り、おばちゃんの治療をした。
私同様、ジュンナの治療を受けて顔色などは相当に改善した。本人曰く、他に悪い箇所はないとのことだったが、いくら若々しいとはいえ80歳を超える老人が転倒したのだから、私が強引に救急車を呼んだ。あわや、おばあちゃんと生まれて初めての喧嘩をするところだったが、それくらいに心配で仕方がなかった。
「高校生のリアを、こんな時間に付き添わせるわけにはいかないさ。それに、夢桜姫様をこんな状況で一人残すわけにもいかないだろう。そんな恩を仇で返すような真似、私が望むとでも思うかい?」
おばあちゃんの言うことはごもっともだ。反論の言葉も出せず、口を結ぶしかない。
夢桜姫様、もといジュンナがいなければ、私もおばあちゃんも今頃どうなっていたかわからない。控えめに言っても、彼女は私たちにとっての命の恩人だ。
まさに私の後ろには、周囲を見渡しながらオロオロとしているジュンナがいる。これでも相当落ち着いた方で、救急車が到着し、医療道具を持った救急隊員が降りてきた時なんかは、完全に目を白黒させていた。85年前の人間である彼女にとって、今この光景はどう映っているだろう。多分、ほぼ異世界と言っても過言ではないのだと思う。
そんな状況で一人ぼっちにされるのは、彼女にとってとても不安で耐えがたいものだろう。
「何かあった時の連絡先は、お孫さん、でよろしいですか?」
「いえ、別居中の娘がいるので、そちらに。連絡先は後で私からお伝えしますので」
「わかりました。それでは、病院へ向かいます」
救急隊員さんとの会話はおばあちゃんがさっさと進めてしまった。
「おばあちゃん、お母さんの連絡先知ってるの?」という疑問も喉から出かけたが、今聞くことじゃないと自重した。どうせおばあちゃんには他にも聞きたいことが山ほどあるのだから、元気になって貰ってからまとめて聞けば良い。
どちらかといえば、緊急連絡先に私ではなく、どこにいるともわからないお母さんを選んだことが少しショックだった。高校生の私では頼りないことはわかっているが、悲しいものは悲しい。
救急車が発進し、サイレンの音が聞こえなくなるまで、私は呆然とそこに立っていた。
普段街中でサイレンの音を聞いても、「これがドップラー効果か〜」程度にしか思わないものだが、いざ自分の身内が運ばれるとなると、あんなに恐怖を煽る音もないと思う。
本人は問題ないと言っていたが、私からしたら唯一の家族を失うかどうかという場面なのだ。切り替えて何かする気にもならなかった。
「あの、夜雲さん……。部外者の私が言うのも差し出がましいですが、きっと大丈夫です。あまり気を落とさず……」
「そうよね、おばあちゃんなら大丈夫……。ありがとう、何から何まで助けられてばかりね」
「いえ、お力になれたなら何よりです」
グゥ〜〜〜〜
安心したら、はしたないことにお腹の虫が鳴いてしまった。そういえば、今日はまだ晩御飯を食べていなかった。でも、私一人分にしてはやけに音が大きい。
正面にいるもう一つの音源は、恥ずかしそうに俯いていた。桃色の髪がかかって確認はできないが、その顔はさぞ真っ赤に染まっていることだろう。
「すみません……落ち着いたら、つい……」
「ふふ、私たち何も食べてないもの。ご飯でも食べましょうか」
私たちは顔を見合わせて笑い合った。
笑顔になれたおかげで、色々なことを受け止めて疲弊していた心が少し明るくなった。笑う、という行為がいかに偉大か、こんな状況だからよくわかる。
あれ、私、こんなに笑って誰かと接したの、いつ以来だっけ。
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私たちは和室へと戻ってきた。そこには、ジュンナが眠っていた布団がそのままになっている。
本来なら、リビングの食卓に案内するのが自然ではあるのだが、ジュンナの身を気遣って和室にした。
というのも、リビングにはジュンナにとって未知であろうものが多すぎる。テレビ、マッサージチェア、バランスボール、キャラクターフィギュアなどなど……。
これから大切な話をする上で、今日はこれ以上余計な情報を増やさないに越したことはないはずだ。
「それじゃあ、ジュンナはしばらく待ってて。ご飯用意してくるから」
「あ、でも私、お金も何も持っていなくて……」
「お金なんて取るわけないでしょ?ジュンナは命の恩人なんだから」
「では、せめて何かお手伝いを……」
「それもいらない。お礼するって言ったでしょ? 疲れているでしょうし、ゆっくり寛いでいて」
「でも……」
「いいからいいから」
互いに譲ることが無さそうだったので、さっさと部屋を出ることで一方的に私の勝ちとした。部屋を出る間際、明らかに不服そうなジュンナの顔が見えたが、強引に付いてくるほど頑固な人間ではないらしい。
キッチンに着くと、床に散らばったままの夕食と割れたお皿が目に入った。
が、それらからは目を逸らした。もう空腹が限界だし、まずは夕食の準備をしてしまいたい。
散乱している食材を見るに、おばあちゃんは作り置きしていた物を使ったのだろう。となると、冷蔵庫の中にはまともなものがない。白米も落ちているということは、炊飯器の中も当然空。
ついでに言えば、今の時刻はもう日を跨ごうとしていて、体力もほぼゼロに等しい。
となると……。
皿の破片を避けながらキッチン奥の戸棚へと向かう。
「賞味期限は……平気、良かった」
買い溜めておいたレトルト食品を物色していく。候補としては、カップ麺、レトルトカレー、パックご飯……、以上。早さと楽さの点で、ここはカップ麺が妥当だと思うのだが……。
『カップ麺 起源 日本』
スマートフォンでこのような単語を打ち込んで検索をかけた。
「えっと、初のカップ麺は1970年頃で、約50年前。ジュンナが封印されたのは85年前だから……」
私はカップ麺を戸棚の奥にしまい直した。
カップ麺のことはいつか説明しよう。
そう思いながら、レトルトカレーを電子レンジにかけるのだった。
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あとがき
お読みいただき、誠にありがとうございます。
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ハートフルで読み応えのある物語になっていきますので、続きも手に取って頂けますと幸いです。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
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