ep6 国境を越えて


アルカ王国とネフィリス王国の国境は山脈の中心部に位置する。中心部と言っても、険しい森の中というわけではなく、少し開けた高台のような場所だ。馬車の荷物が検問を受けたものの、ネフィリス王国側からの紹介状を持っていたためすぐに終了した。




「お通りください」


アルカ王国側の騎士から通行を認められる。


馬車がゆっくりと国境へ向かって動き出す。関所の向こう側には、ネフィリス王国の紋章が刻まれた鎧を着ている騎士が何人か立っていた。




シャスティアは、深く息を吸う。








─────馬車がアルカ王国の国境を越えた瞬間、ガラスが割れるような甲高い音が周囲に響き渡った。






通行を見届けていた騎士たちが驚いて周囲を見回す。


「きゃぁ!!なに、この音!」


ナギも驚いて悲鳴をあげた。




これは、結界が壊れた音だ。


今まで、シャスティアはアルカ王国全土に作物の豊作や、疫病の浄化などの魔法結界を張っていたのだ。大規模な結界なだけあって、シャスティア本人が結界内にいないと維持できない。だからこそ、結界の外にシャスティアが踏み出したこの瞬間に、結界が崩壊したのだ。


この音はアルカ王国中で聞こえたことだろう。






「───馬鹿よねぇ」






「シャスティア、何か言った?」


「いいえ、なにも。それより、大丈夫?随分怖がっていたけれど。」


しばらくナギを落ち着かせていると、関所を抜けたことに気がついた。




関所の出口に馬車が止まり、ネフィリス王国側の騎士たちが近寄ってくる。




ナギが外に出ようとするのを静止して、シャスティアが馬車を降りる。




「シャスティア、ここは私が行くわよ…!」


「いいの、そこで待ってて」


お願い、と言うと、ナギは渋々馬車の中に戻っていった。




「先ほど大きな音がしましたが、大丈夫ですか?」


結界が壊れたときの衝撃音がかなり聞こえていたようだ。驚かせてしまったことに申し訳なさを感じてしまうが、表には出さない。




「アルカ王国でなにか起きたようですが、ネフィリス王国には害はありません。安心してください」


「そうですか。では、身分証の提示をお願いします」


事前にもらっていた紹介状を渡すと、騎士の目の色が変わった。




「なっ……!?まさか、シャスティア・ルクスリア様でございますか!?」


「えぇ、そう───」


「申し訳ございません!」


突然、騎士に頭を下げられた。何か謝られるようなことをしたのかと考えたが、思い当たるものがなかった。




「えっ……と……。何が申し訳ないの?」


謝られた勢いに押されて、恐る恐る聞き返した。


「実は、王宮からの使いが手配できず、このままご自身で向かっていただきたいのです……」




「え」




まぁ、そうだね。婚約すると決まったのは数日前で、その当日に出発して、準備が間に合うわけないよね。でも、せめて、護衛くらいは送っても良いのでは……?




「仕方のないことです。私は大丈夫ですから、頭を上げて」


ニコニコの営業スマイルを引っ提げて、叫びたいのを必死に堪える。こんなに待遇が悪いものなのかと喚きたい。




屈強な騎士がうるうるとした目でシャスティアを見上げる。なんとも弱々しい画だ。


「本当に申し訳ございません……。紹介状は確認しましたので、どうぞお進みください……」


「ありがとう。では、ごきげんよう」




スタスタと馬車に戻り、御者に追加料金を支払う。座席に座って一息をつき、馬車が走り出すと、正面に座ったナギと目が合った。




「大変ね、シャスティア」


ナギが、可哀相な子猫でも見るような目でシャスティアを見つめる。


きっと、あの営業スマイルが引き攣っていたのだろう。だが、シャスティアだけが可哀相なのではない。だから言ってやる。


「誰も迎えに来ないのは、貴女も私も同じよ」




ナギはニコニコと微笑んでいるが、口の端がぷるぷると震えている。


(あぁ、私もこんな笑顔だったのね)




これからはもっと笑顔の練習をしようと心に決めた瞬間であった。








***








山を下って三日。


シャスティアたちは、王都へと到着した。この三日間は特にこれといった出来事もなく、穏やかに旅をした。めんどくさい貴族のしがらみやらから離れて、しかも念願のネフィリス王国へ入国して、シャスティアはすごく満足していた。このまま旅が終わらなければいいのにと、何度願っただろうか。




しかし、ついに到着してしまった。護衛の一つも送ってこない、配慮の欠けた王族のいる王都へ。




結局あれから、途中で護衛を合流させれば良いものを、なにも音沙汰がなかった。




若干呆れつつも、近づいてくる王都に目を向ける。


「なにも、変わってない……」




王都のつくりや大きさこそ変わってはいるが、ただ一つ、シャスティアの前世の記憶と全く同じ建物があった。




「シャスティア、私、あんなに綺麗なお城は初めて見たわ!」


ナギが窓越しに指差したのは、天まで届きそうな、壮観な城、ネフィリス王国の王宮、そして、極彩の魔女が建てた建造物、『ヴェルミラ城』。




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私を捨てたことを後悔させてあげます ~前世は大陸を救った魔女でした~ 黎來 @lake_later

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