『L'Appel du Vide(虚空の呼び声)- ある社会心理学者の遺稿』

火之元 ノヒト

序文 - ジャーナリストによる

 ​この記録は、一個人の妄想の産物か、あるいは人類の根幹を揺るがす禁断の真実の断片か。私には、もはや判断がつかない。


 ​全ては、1998年に起きた「音羽研究施設集団自殺事件」から始まった。異端の社会心理学者、長谷川 巳代治はせがわ みよじが主導した極秘実験の最終日、彼は7名の研究員と被験者と共に忽然と姿を消した。いや、正確には、7名は施設内で遺体となって発見され、長谷川教授と彼の研究資料だけが、あらゆる痕跡を消して失踪した。警察は早々に、長谷川を被験者らを薬物等で心神喪失させ、自殺に追い込んだ主犯として指名手配したが、その行方は杳として知れない。


 ​私がこの事件に惹かれたのは、単なる猟奇事件としてではなかった。長谷川教授が学会から追放される原因となった、あまりにも荒唐無稽な論文――「伝播性衝動仮説」の存在を知ったからだ。


 ​以下に記すのは、私が独自に入手した、事件に関する複数の資料である。唯一残された教授の論文の抜粋、研究員の音声日報、匿名の情報提供者からのメール、そして事件当日の監視カメラの解析報告書。これらを時系列に沿って再構成し、読者の前に提示する。


 ​これは、長谷川巳代治という狂気の科学者を告発するための記録となるはずだった。少なくとも、書き始めるまでは。

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