最終回
新たな庭師如雨露を手に取った瞬間、エリカの中で何かが変わった。
温室の中の時計たちが、まるで歓迎するように、一斉に美しい音色を響かせた。
「これから、この庭に新しい時計が生まれる時、君は感じるだろう。どこかで誰かが、心から愛しい時間を過ごしている時を」
庭師の姿が薄くなっていく。
「私の役目は終わった。君の祖母が私に託したように、今度は君がこの庭を守るのだ」
「待って、あなたはどこへ...?」
「私も、かつては人間だった。しかし、長い間庭師を務め、今では時の一部となっている。安心しなさい。必要な時には現れる」
老人の姿が完全に消えると、温室はエリカだけのものになった。
彼女は祖母の柱時計に水をやりながら、静かに呟いた。
「おばあちゃん、私、がんばるから」
時計の文字盤に、祖母の笑顔が浮かんだ。
エピローグ
時の庭でそれから数ヶ月が過ぎた。
エリカは都市での仕事を辞め、祖母の家で暮らしながら時の庭師としての新しい人生を始めた。
最初は戸惑うことも多かったが、次第に庭の声を聞き取れるようになった。
新しい時計が生まれる瞬間。
それは世界のどこかで、誰かが心から愛しい時間を過ごしている証拠だった。
初めて子供を抱いた母親、プロポーズを受けた女性、久しぶりに家族と再会した老人...そんな美しい瞬間を時計として育て、永遠に保存する。
それがエリカの使命だった。
ある日、温室に新しい客人が現れた。
中年の男性で、困惑した表情で庭を見回している。
「ようこそ、時の庭へ」
エリカは微笑んで迎えた。
「これは...何なんですか?」
「あなたの大切な人の想いが育っている庭です」
男性の目に涙がにじんだ。
おそらく、最近誰か大切な人を失ったのだろう。
エリカは彼を、ある特別な時計の前へと案内した。
それは美しい置時計で、文字盤には父親と息子が野球をしている光景が映っている。
「お父さんの想いです」
エリカは優しく説明した。
「あなたとの時間を、とても大切にしていらっしゃいました」
男性は声を詰まらせながら時計を見つめた。
「父さん...」その時、庭の全ての時計が美しいハーモニーを奏でた。
愛する人を失った悲しみと、共に過ごした時間への感謝が、音となって響き渡る。
エリカは庭師として、多くの人の心に寄り添い続けた。
自分の時間を犠牲にしたと思っていたが、実際は違った。
ここで過ごす時間こそが、最も価値ある時間だったのだ。
夜になると、エリカは祖母の柱時計の前に座り、静かに語りかける。
「今日も、たくさんの美しい時間が生まれました。きっと明日も...」
時計の文字盤に祖母の笑顔が浮かび、秒針が優しいリズムを刻み続ける。
雨の音と時計の音色に包まれながら、時の庭師エリカは今日も愛しい時間を守り続けている。
時は流れるが、愛は永遠に— 時の庭で、すべての美しい瞬間が花を咲かせている。
終
時の庭師 ミエリン @mie0915
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