勇者様、依頼とあらば何処へでも
ティアンズ
#01 謎のゲームと執事とエルフ
田中大輔、25歳。
ごく普通のサラリーマン。
営業三年目、特に出世欲もないが、人当たりは悪くない。
強いて言うなら、やたらと“レトロゲームに詳しい”ことが、周囲からの変な評価につながっている。
理由はシンプル。
父親が“ゲームオタク”だったからだ。
家にはファミコン、スーファミ、ゲームボーイなど、大抵のハードが揃っていた。
リビングの一角は、ほぼソフトの倉庫。
まだ言葉もおぼつかない頃から、大輔はその“遺産”の中で育ってきた。
今はそのハードやソフトを譲り受け、一人暮らしの今も、暇があればゲームをしていた。
ある休みの日、いつものようにゲームの中古ショップ巡りをしていると、見慣れない古びた店を見つけた。
店名の表記は無いが、古いゲームのポスターが窓に貼られてるので、かろうじてそういう店なんだろうと認識出来る。
「あれ?こんなところに店なんてあったかな?」
大輔は疑問に思ったが、扉を開けた。
少し湿気を帯びた、生温い空気が漂う店内。
人の気配が無い。
ゲーム棚は一列きり。
所狭しとカセットが詰め込まれているが、ジャンルもメーカーもバラバラで、どこか整理されていない。
いや、整理されていないというより、“選ばれて並べられている”ような違和感があった。
ファミコン、スーファミ、ゲームボーイ、ネオジオ、PCエンジン⋯⋯。
その混沌ぶりに思わず笑いが漏れる。
どれも見たことのあるタイトルばかりだったが、ひとつだけ───棚の隙間に差し込まれるようにして、前面のシールがボロボロの黄色いファミコンソフトがあった。
タイトルが分からない。
ソフトの裏側にマジックで、平仮名で「ゆうき」と書いてあった。
「⋯⋯なんだこれ。記名パターンはよくあるけど」
パッと見、コピー品や自主制作の可能性もある。
普通なら買わない。
いや、そもそもジャンク扱いだ。
でも大輔は、なぜかそのカセットを手に取っていた。理由はわからない。
直感、というにはあまりにも曖昧なものだった。
レジもなかった。
棚の横にあった木箱に「お代はここへ」と書かれた札がぶら下がっている。
値段も書かれていない。
仕方なく、財布にあった五百円玉を入れて、その場を後にした。
帰宅して、大輔は早速プレイすることにした。
ファミコンにカセットを差し、電源を入れる。
ブーという音と、バグった画面が映る。
一度電源を切り、カセットの端子部分に息を吹きかける。
そしてもう一度カセットを差し、電源を入れる。
8ビットのマーチのような曲と共に、タイトルが⋯⋯出ない。
「えっ?タイトル無いの?」
その後、表示されたのは、草原が風に揺れるドット絵のシーン。
画面には特に何も無く、ただ静かに風の音だけが鳴っていた。
──と思った、その時。
ポン、と音がしてウィンドウが現れ、文字の流れる音。
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やっと、あえたね⋯⋯
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「何だこれ⋯⋯俺を、待ってた?」
そんなはずはない。
初めて起動したソフトだ。
セーブデータだって入っていない。
なぜか自然と、コントローラーを握る手に力が入っていた。
内容は至ってシンプルで、勇者が魔王を倒すために旅をする、典型的なRPGゲーム。
謎解きやジョブシステムなど、この当時には無いはずの機能が組み込まれていた。
「意外とやり込み要素があって面白いな⋯⋯」
大輔はこのゲームに夢中になった。
プレイし始めてから一週間と数日。
レベルマックスになったパーティーは魔王のもとへ。
思ったよりも苦戦したが、魔王を倒し、エンディングを迎えた。
「ふぅ。やっとクリアした⋯⋯レベルマックスで苦戦するって、どんなゲームだよ」
旅を終えたパーティーは王国へ戻り、民から祝福と喝采を受けた。
そして、王の計らいにより、余生は豪華で幸せな暮らしを約束された。
そして、画面は暗くなり、ウィンドウだけが表示される。
「はじめまして わたしは ジョルジュと もうします」
「おうさまの めいを うけて ゆうしゃさまの よせいを おせわさせて いただくことに なりました」
「ゆうしゃさまが まおうを たおし へいわが おとずれました」
「ゆうしゃさま これから どうされますか?」
「まおうや モンスターが いないと ゆうしゃさまは やることが ないのでは?」
「このさき まだ じんせいは ながいのです」
「まだ ゆうしゃとして かがやける わたしは そう おもっています」
その後、画面には「fin」と表示され、ゲームは終わった。
「⋯⋯最後のは何なんだ?2周目をプレイしろってことか?」
大輔は困惑したまま、真っ黒のテレビの画面を見つめていた。
するといきなり、ザーッと音を立てながら砂嵐になり、それが歪み始めた。
⋯⋯何かが画面から出て来る。
「えっ?何だこれ⋯⋯」
人の右手のようなものが伸び、床を触る。
次に白髪の頭が現れて、左手も伸びる。
「うわあああああああ!!」
大輔は座ったまま後ずさりをして、思わず叫んだ。
徐々に画面から這い出してくる胴体。
それが右足をこちらに出そうとしたとき、テレビの縁につま先を引っ掛けて躓き、床に仰向けに落ちた。
「痛っ!」
「えっ⋯⋯ドジなの?」
「⋯⋯これ程、窮屈とは⋯⋯」
ゆっくり立ち上がり、服を払う老人。
背筋はピンとして、白髭を生やし、片眼鏡に白手袋、燕尾服を着ている。
ひとつ咳払いをして、
「勇者様。貴方に会えるのを心待ちにしておりました。改めまして、私は貴方の執事、ジョルジュでございます」
膝をつき、胸に手を当て、頭を下げた。
「ジョルジュ?ゲームの最後に出て来た執事?」
「⋯⋯勇者様、あなたは私共の住む世界を、魔王から救ってくださった。しかし、他の世界にはまだ魑魅魍魎が蔓延っているでしょう⋯⋯勇者様、あなたは剣を置いてしまったら“元・勇者”になってしまいます。このジョルジュ、そんな余生を過ごす勇者様など到底受け入れられません!このニート!」
「いや、俺勇者じゃないし、仕事してるし。それに、ニートって言葉知ってるの?」
「not in employment, education or trainingの略でございます」
「は、博識なんだな⋯⋯そこまでは俺知らなかった⋯⋯」
大輔が呆気に取られていると、
「勇者様。早速貴方の力を借りたい“依頼者”がお見えのようです」
ジョルジュが手を向けた先のベッドが、突然、黄金の光を放つ。
その中央に現れた女性は、光に包まれながらそっと着地した。
金の髪がふわりと舞い、長い耳が揺れる。
だが、その直後──辺りをキョロキョロ見回しながら、
「⋯⋯ここ、どこですか!?」
「⋯⋯俺ん家だけど」
目が合う大輔と女性。
「えっ⋯⋯エルフ?」
肌が透き通るように美しく、服装はファンタジー特有の、緑色のローブのようなものを着ている。
「貴方は勇者様⋯⋯?私の村をお守りください!」
エルフは涙ぐみながら懇願する。
「は?どういうこと?」
ジョルジュは書類のようなものを取り出し、読み上げる。
「えー、この方はノエルナ村に住むファナというエルフの女性です。そちらの世界ではエルフ狩りが行われていて、世界各地に点在するエルフの村が焼き討ちに遭ったりと、酷い目に遭われているようです」
大輔はいつの間にか正座し、両手を膝に置いて話を聞いている。
「そしてノエルナ村はエルフの総本山であり、ここを落とされると、エルフは絶滅してしまうかもしれません」
テレビには、村を焼かれるエルフたちの惨状がドット絵で流れる。
「キャー!」「たすけてー!」
「ここまで再現しなくていいって⋯⋯で、ファナさんはどうやってここに?」
「私は魔法を使えるので、“アウルーラ”で勇者様に直談判しに参りました」
大輔は妙な既視感を感じる。
「⋯⋯それってさ、ドラクエの移動魔法“ルーラ”に“会う”をつけて“アウルーラ”だったりする?」
ファナはわざとらしく目線を逸らす。
「勇者様⋯⋯このままでは私たちエルフは絶滅してしまいます⋯⋯」
大輔は目を逸らし、頭を掻いた。
(あれ、当たりかな⋯⋯?ごめんね、ファナさん)
ジョルジュは咳払いひとつ。
「勇者様、魔王討伐後のアフターストーリーの幕開けですぞ!」
「いや、ウィンクしながらサムズアップは軽いって」
大輔はため息をついた。
「これからどうしたらいいんだ?俺武器とか持ってないよ?」
すると突然、ジョルジュが部屋のクローゼットを開け、中を探り始めた。
「おや?ここから宝の匂いが!」
「ちょ、ちょっと何してんだよ!」
大輔が立ち上がり、止めに入ろうとすると、
「──勇者様。お持ちではないですか。伝説の剣を」
ジョルジュがクローゼットから取り出し、手にしたのは⋯⋯
「それは⋯⋯“マスターソード”!伝説に記された、“すべての魔を断つ剣”!」
ファナは、まるで神を拝むような目でそれを見つめていた。
「いや、これ竹刀な?俺が学生の頃までやってた剣道のやつな?」
「勇者様、この武器があれば敵など一網打尽、さぁ、ファナ様の世界で存分に勇者してきてください!」
ジョルジュは“マスターソード”を大輔に手渡す。
「体験型アトラクションじゃねぇんだ⋯⋯っておい、何か足元が光って⋯⋯おい!」
強い光に包まれ、大輔とファナは部屋から消えた。
「ふぅー。一仕事すると、眠くなりますね⋯⋯」
ジョルジュはグーッと背伸びをして、大輔のベッドで寝ようとしたとき、窓際の棚に置いてあったふたつの写真立てに目がいった。
そこには小分けのお菓子が数個、置いてあった。
(これは──まずいですね)
ジョルジュは眉間に皺を寄せながら、目を伏せる。
(勇者様⋯⋯このアフターストーリーは、一気にベリーハードモードになりましたぞ⋯⋯)
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