台風のような人
水谷さんと行為に及びかけた三日後。
私の世界は変わった、なんて事はなく、普通に休日を挟んでつまらない1週間が始まった。
ラブホテルでの一件があっても彼女との距離が縮まる事はなく、いつものように私は教室の端っこでスマホを弄っていた。
もちろん直ぐ近くではいつものように水谷さん達が談笑に勤しんでいる。定型文ばかりの会話で何が楽しいんだろう。まあ私の人生もテンプレみたいなつまらない物だけど。
結局彼女は何がしたかったのだろうか。パパ活を隠すなら私を脅すだけで良かったし、キスなんてする必要なかった。別に、初めてとかそういうのに拘ってる訳じゃないけど。それでもキスした理由くらいは教えて欲しい。だと言うのに………
チラリと隣に座る彼女を盗み見る。
「で、結局別れたの?水谷は」
「まだ迷ってるんだよね。顔はイケメンだし、えっちは下手だけど……流石にまだキープかな」
「みずっち、悪女だね……!!いつか刺されちゃうよ?」
「まあ、それも悪くないかな」
「何それ。水谷疲れてんじゃない?」
「悩みとかあったら相談してよ!私たち友達じゃん!!」
屈託のない笑顔で日向さんが水谷さんを慰める。そんな笑顔が眩しくて、今の自分にも現実にも目を背けたくなる。
結局、学校では水谷さんに話しかけられることは無かった。寂しい訳じゃ無い。ただ、勝手に私の心を乱しておいて何事も無かったかのように日常へと舞い戻ろうとする彼女が憎く感じた。
だけど、陰キャな私は彼女に話しかけることも出来ず、かと言ってあの時のことを忘れることも出来ず。モヤモヤが晴れないままに1週間はあっという間に過ぎ去っていった。
ラブホテルに行ってからちょうど一週間後が経った。
まるで先週のことは無かったかのように水谷さんは日常を過ごしている。
それなのに、私だけがあの日に取り残されている。
(まあ、どうせ何かの気まぐれだったんだろうけどさ)
そうだとしても、いきなり人のこと襲っといてそれっきりって……しかもこっちは初めてなのに。
そう思いながら水谷さんを盗み見る。
西城さんの机に座って、びろーんと脚を伸ばす水谷さん。座っているからかスカートが張ってお尻のラインが浮き出ている。
華奢な身体と綺麗なくびれ。
芸術品のように美しい背骨にスカートから覗く瑞々しい生足。
見ていると、言いようもない劣情が湧き上がってきて…………。
その思考を急いで頭から追い出す。
違う。私は彼女に苛立ちを抱いているだけだ。
一言、文句を言ってやりたいだけ。一体どう言うつもりだと。なんの気の迷いで私に迫ったのかと。
机に突っ伏して寝たふりをしながらどうしようか考える。友達と談笑する水谷さん。机と腕の隙間からそれをじーっと見つめる。
「そう言えば、駅前に新しいカフェができててさー!みずっち、今日どうかな?」
「今日は予定もないし、行こうかな」
「え!?ほんとに!?」
日向さんは目を輝かせる。
水谷さんは、放課後から夜にかけてパパ活がある。西城さんもそんな水谷さん驚いたようで、目を開く。
「珍しいね。水谷が即答するなんて」
「じゃあ早速行こ!!早く行かないと席埋まっちゃいそうだし!」
「そうだね、行こ──」
鞄を持って立ち上がる水谷さん。日向さん達の方に体を向ける。隣の席にはうずくまる私が居て。穴が空いてしまうくらいに水谷さんを見ていたから。
「あ」
ほんの一瞬だけ、彼女と目が合った。
彼女の口元から言葉が漏れ出る。
西城さんと日向さん。2人は気付いてないみたいだけど。水谷さんは、気配を消していた私に気付いた。
彼女の口元が、歪つに吊り上げられた気がした。
「………ごめん、そう言えば今日やり残した課題があってさ、やっぱり一緒に行けないかも」
水谷さんは申し訳なさそうに謝る。「えー!!何で!?やだやだやだ!!」と駄々をこねる日向さん。そして「じゃあ仕方ないね」と諦める西城さん。
暫くの間、日向さんが一生懸命水谷さんを説得していたけど、彼女が首を縦に振ることはなく。
その様子を見かねた西城さんが、両腕をバタバタさせて抗議する日向さんの身体を抱き抱えて教室を後にした。
そんな2人を手を振りながら見送って。水谷さんはくるりと身体を私の方に向ける。
嫌な予感がする。
私と目が合った瞬間、友達の誘いを断るなんて。……残念ながらその予感は当たっていて。
「おーい、起きてる?吉田さん?」
水谷さんは私の机に手を置いて顔を覗き見てくる。話しかけられたら嫌なはずなのに、何だか恥ずかしかったり、嬉しかったり。色んな感情が、さっきまでの苛立ちと混ざり合う。
「おーい。聞こえてる?」
狸寝入りを決め込む私に尚も話しかける水谷さん。言葉を返そうとして口を開く。だけど、乾いた唇はただ震えを発するだけで、私の要求には答えてくれない。
話したいけど、話さない。なんで?分からない。そんな自問自答を繰り返す。
ダメだ。話せない。無視し続ける私に飽き飽きしたのか、遂に水谷さんは話しかけるのを辞めた。
彼女の気配が遠のいていく。水谷さんの顔を見なくてもわかる。多分、何をしても無駄だと思われた。いつもそうだ。誰かの善意を跳ね除けて、そうした後で後悔する。そんな自分が嫌いだ。
胸の奥に鉛玉が入ったみたいに、こころが沈んでいく。自分が惨めに思えてきて、身体を縮こまらせる。
そうしていると、再び誰かの気配が近づいてきて。何も言わずに、そのまま私の後ろへと回り込む。そうして、うずくまる私の背中をつーっと指でなぞり始めた。
「っっ!?!?」
びっくりして身体が跳ねる。
背中を這う指先は、首筋から尾てい骨まで、味わうようにして直線を描いていく。
何度も、何度も。そのたびに私の身体にびくっ、びくっ、と震えが襲いかかる。
「あっ…………いゃ…………あ……」
声が抑えられない。指が私の身体を生き物のように這っている。生地の薄い夏服だから、余計に敏感になっている気がする。
「きもちいい?」
後ろから、ぼそっと耳元で呟かれる。
艶美で包み込むような優しい声。
さっきまでの甲高い声とは違うけど、それが誰なのかはすぐに分かった。
「……やめてよ、水谷さん」
そう言いながら身体を起こして後ろを振り向く。思った通り、私の後ろには水谷さんが居て。三日月の笑顔をこれでもかと見せびらかす。
「話してくれる気になった?」
「なるわけない。何のつもりなの」
水谷さんを睨みつけて精一杯の威嚇をする。
なのに、彼女は私の肩に手を置いて、
「喜んでくれると思ったんだけどなあ」
耳元でそっと囁きかける。そのまま肩に置いた手を鎖骨から胸元へとスライドさせ、これ見よがしにボタンを外そうとしてきて……
「っ!やめて!!」
彼女の手を思いっきりはたき落とした。
大声を出したせいで、教室に残っていた数人から目線を向けられた。居心地が悪くなって蚊のような声で水谷さんに問いかける。
「……先週の、あれどう言うつもりだったの?」
「あーラブホテルの?」
堂々と恥ずかしい単語を言う水谷さん。
ラブホテル、その言葉で先週のことが鮮明に思い出される。押し倒されて、無理矢理キスされて。ついさっきも焦らすように身体を触られた。
「そんなに気持ちよかったんだね。またシてあげよっか?」
水谷さんの声が頭に響く。耳たぶが麻痺したみたいにじーんとなって、体を動かせずにいると背後から抱きしめられる。
「きもちよく、なぃ……から……」
必死になって否定する。けど、その度に水谷さんから「気持ちよかったんだよね」と言い聞かせられる。教室で、他の人もいる場所で。何度も何度も囁かれて。
「………った」
気持ちよかった。そう言いかけて言葉を呑んだ。今、わたし何言おうとしてた?水谷さんとの行為が気持ちよかった?な訳ない。気の迷いだ。今のは、ずっと囁かれて面倒だから言っただけだ。
気持ち良くない。だと言うのに……。
「気持ちよかったんでしょ?かお、だらしなくなってるよ?」
「え……?」
目の前に手鏡が出され、そこに蕩けた自分の顔が映る。なに、これ……?わたしこんな顔してたの……?困惑する私を水谷さんは面白そうに見つめる。
「吉田さん。今日、空いてるよね?」
悪魔のような誘いだ。断らないといけない。いけないのに……私は無意識のうちにこくりと首を縦に振っていた。
大丈夫、何でこんなことするのか問い詰めるだけだから。もう彼女に好き勝手なんてさせない。
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