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強いな、とシャルルは思った。
人間にしては信じられないほどの強さだった。
それも「この世界の人間」とは、とてもではないが思えないほどに。
シャルルは視線を朝陽の後方にいるふたりへと向けた。
朝陽の後方にいるのは、「ヤタノカガミ」の長官であり、朝陽の父である朝三と、日暮家の女中を務める、かつてのトップアサシンである「黒狐」こと梅だった。
朝三に関しては実際に戦った姿は見たことはないが、梅に関しては「黒狐」に関しては何度も見てよく憶えている。
「……相当に仕込んだね」
朝陽の戦闘スタイルは、「クレイジーアサシンチャンネル」で見た戦法は実に憶えのあるもの。
かつての「黒狐」そのものだった。
ダンジョンストリーマーたちの配信を見るようになったのは、配下であるオルガ卿との話がきっかけではあった。
が、それだけであれば、適当な配信者の配信をいくつか見ただけで興味を失っていた。
大抵のダンジョンストリーマーは、攻略者のランクで言えば、だいたいが三つ星か四つ星程度だった。
稀に六つ星の攻略者もいるが、六つ星の攻略者の配信を見ても、シャルルは特に思うことはなかった。
六つ星攻略者であっても、ようやく見所がある程度だった。
それ以下の攻略者の配信は正直なことを言えば、ひどいものばかりだ。本当にダンジョンを攻略してきたのかと言いたくなるような者たちばかりだったのだ。
ダンジョン攻略者のランクとは、それまで踏破したダンジョンの数によって定められている。
最初は星なしと呼ばれる新人から始まり、ひとつのダンジョンを攻略すれば、一つ星に昇格する。
が、次の二つ星への昇格には、いや、基本的に次のランクの星の数の二乗の数のダンジョンの攻略が必要となる。
たとえば、二つ星昇格には四つのダンジョンの攻略を求められる。
そして六つ星からは攻略したダンジョンの数に加えて、特別なミッションの攻略も求められるようになる。
現在の攻略者の最高位が八つ星なのも、九つ星の昇格に、竜の討伐が特別ミッションとして定められているからだ。
竜が現れるダンジョン自体が少ない上に、そのダンジョンに挑むためには、他の複数のダンジョンを経由する必要がある。
その上、経由する複数のダンジョンもそれぞれ八つ星攻略者が複数人いてようやく攻略ができるという難易度だった。それほどの規模のダンジョンを複数攻略してようやく昇格に必要な竜の討伐が目指せるのだ。
かつてであれば、十つ星を目指すのは当たり前ではあった。
まだダンジョンが現れたばかり。現代では創世期と呼ばれる頃は、家族を、そして自国を守るためには、強くなることが必須だった。
だからこそ、誰もが最高位を目指す熱意があった。
しかし、現代ではその熱はなくなってしまっている。
ダンジョンを「脅威のるつぼ」としてではなく、「資源採取の場」として捉えるようになったことで、それこそ無限供給さえも可能と捉えるようになったことで、かつての風潮は終わりを告げた。
現代の攻略者は「そこそこ鍛えて、そこそこ稼げればいい」という思考の元、日銭を稼ぐくらいしかしなくなっていた。
とはいえ、あくまでも場数を踏んだベテランであればの話で、もし新人でその考えをしていたら、あっという間に命を落とすことになる。
命の危険は常に付きまとうけれど、ちゃんと準備対策を心がければ、食うに困らないどころか、その日の終わりに「打ちあげ」と称して豪遊しても懐が痛むことがないほどに稼ぐこともできる。
そこにダンジョン攻略動画の配信という、シャルルさえも考えていなかった行為が横行した結果、ダンジョン攻略者の質の低下は加速傾向にあった。
現役で八つ星以上の攻略者がいなくなってしまうのも納得できる。
事実、シャルルが視聴した動画は、どれもこれも本当にちゃんとダンジョンを攻略した経験があるのかと疑わしい者が多かったのだ。
とはいえ、事情もわからないわけではない。
大抵の配信者は、星なしの攻略者でも、ダンジョン攻略者として登録したばかりの初心者でも、どうにか攻略できる程度のダンジョンを舞台に配信していた。
配信者であるから、死傷者が出るような危険な動画など配信できるわけがない。
そうなると、三つ星か四つ星の攻略者であっても、初心者用のダンジョンに潜っての動画を配信するのがやっとであろう。
もし、実力相応のダンジョンで配信をしようとしたら、あっという間に脚を掬われることになるだろう。
死傷者を出さないようにするためには、安全マージンを取るのは当然のこと。
そして三つ星か四つ星程度であれば、初心者用のダンジョンが安全を持って配信できる限界だろう。
それでも油断や隙だらけで、魔物たちの逆襲に遭う者の多いこと。
もし、実力者が見れば、あまりの粗に絶句することになるだろうが、あくまでも攻略者であればの話。
攻略者として登録していない一般人にしてみれば、おどろおどろしいモンスターを相手取るだけでも十分なほどに絵になるのだろう。
だが、シャルルからしてみれば、「この程度か」としか思えなかった。
稀にいる六つ星攻略者の配信も、三つ星や四つ星に比べれば、いくらか面白くはあるものの、大したことはないとしか思えなかったのだ。
せいぜい、三つ星や四つ星に比べると、安定感が段違いであることと、基本をおろそかにしない姿勢が好印象であるということくらい。
あとは三つ星や四つ星たちの配信に毛が生えた程度の差で、のめり込めるような内容ではなかったのだ。
もし、「クレイジーアサシンチャンネル」に辿り着かなかったら。ちょうど配信されたばかりの動画が表示されなかったら、シャルルはダンジョンストリーマーたちへの興味をなくしていた。
だが、それも「クレイジーアサシンチャンネル」の当時の最新動画であった「魔物に気付かれずに、ボス部屋まで行ってみた」を見たことで払拭することになった。
動画のタイトルはシャルルから見ても、明らかにおかしなものだった。
ダンジョン内を徘徊する魔物たちは、みなシャルルの配下である。
その配下に気付かれないように、ボス部屋、そのダンジョンの統治を任せる部下の元まで向かうなど、正気の沙汰とは思えなかった。
「どうせ釣りか」と思いながらも、シャルルは動画を再生し、あ然となった。
動画に映し出された「クレイジーアサシン」と名乗る人物は、あまりにもクレイジーな格好をしていたからだ。
紅いウィッグにピエロマスク、そして黒装束という独特すぎる出で立ちのクレイジーアサシンは、どう見てもネタキャラとしか思えないものだった。
そのピエロマスクの下はなんとも純朴そうな女の子だったこともよりネタキャラ感を加速させてくれた。
だが、動画内で見せた実力は、とてもではないがネタキャラと言うにはありえないものだった。
部下たちの意識の隙を突いて、堂々とダンジョン内を疾走するクレイジーアサシンは、ダンジョンという危険な領域にいるとは思えないものだった。
それこそ、地上にある運動施設内で、魔物が出現しない安全な場所で走っているのではないかと思えるほど。
そのくせ、少女が駆けていたのはダンジョン。五つ星相当のダンジョンを縦横無尽に駆け巡っていたのだ。
あまりにもありえない姿に、ダンジョン内とは思えないほどに軽やかに疾走する姿を見てシャルルの脳裏に浮かんだのが、かつての十つ星攻略者であり、当時のトップアサシンと呼ばれた「黒狐」だった。
「黒狐」の由来は、クレイジーアサン心のように黒装束と仮面を身につけていたからだ。
クレイジーアサシンとは違い、ピエロマスクではなく、身につけているのは狐の面だったし、その狐面もボス部屋、ダンジョンを統治する部下の部屋でのみで、それ以外は髪飾りのように身につけているという出で立ちだった。
その出で立ちで十つ星まで駆け抜けた彼女は、いつからか「黒狐」と呼称されるようになった。
独特の出で立ちを見て、共通する出で立ちから親族かと思ったが、ピエロマスクの下の少女の素顔と「黒狐」の若かりし頃の容姿は似ていないし、面影もなかった。
だが、動きはまさに「黒狐」そのものだったのだ。
いったいこの子はなんなんだ?
シャルルは当時の最新動画を最後まで視聴したが、少女の正体を掴むことはできなかった。
少女の正体が気になったシャルルは、アーカイブの動画を片っ端から視聴した。気付けば「クレイジーアサシンチャンネル」をチャンネル登録していた。
それどころか、クレイジーアサシンと名乗る少女を本気でヘッドハンティングしたくなったのだ。
シャルルが本気で人材として欲した少女、日暮朝陽とまさかこうして対峙することになった。
シャルルにとって、想定外にもほどがある状況だが、シャルルは現状を本気で楽しんでいた。
「さぁ、どこまでやれるのか、見せてよ」
「この世界の人間」という括りにおいて、最上位に位置するであろう朝陽。
その朝陽がどこまでこの身に迫るのか。
シャルルは口元を歪ませながら、朝陽との楽しい時間に没頭していった。
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