第3話 迫る脅威編

* * *第四層:リザードマンの群れ* * *


石造りの大広間に響く、規律正しい足音。現れた八体のリザードマンの群れは、これまでとは明らかに格が違った。


カツ、カツ、カツ、カツ...


隊列を組み、槍と盾を構えて待ち受ける姿は、訓練された軍隊そのものだ。鱗に覆われた緑色の肌、鋭い眼光、そして何より恐ろしいのは、その統制の取れた動きだった。


隊長格と思われる個体が手信号を送ると、他の7体が瞬時に陣形を変更する。


「連携が完璧ね...」ツバキの表情が引き締まる。「個別撃破は難しそう」


これまでの魔物は、基本的に本能で動く存在だった。しかし、リザードマン戦士団は違う。明確な戦術思考を持ち、仲間と連携して戦う知的な存在だ。


「どうするんだ?」ロッシュが身構える。「正面突破は厳しそうだが...」


「まずは様子を見ましょう」ツバキが冷静に分析する。「相手の動きを理解してから対策を立てる」


「うおおお!《オロジェネシス》!」


ロッシュが中央に突進をかける。しかし、リザードマンたちは慌てることなく、冷静に槍を構えて迎撃体制を取った。


重い衝撃音が響き、一体が吹き飛んでも、残る七体が瞬時に陣形を立て直す。まるで一つの生物のような動きだった。


「陣形復帰!包囲開始!」


隊長格の号令で、群れがロッシュを囲む。統制の取れた動きは、まさに訓練された軍隊のそれだった。


「《アイスランス》」


カルボの氷槍が飛ぶが、前列の戦士が盾で完璧に受け止める。氷が砕け散る鋭い音が響き、破片が宙に舞った。魔法攻撃に対する対処法まで心得ているようだ。


「やっぱり手強い...《ヒーリング》!」


ティナがロッシュに回復魔法をかけるが、群れの包囲は徐々に狭まっている。槍の穂先が容赦なくロッシュを狙い、鎧の隙間を的確に攻撃してくる。


「このままじゃ押し切られる」カルボが冷静に状況を分析する。


「煙幕使うから立て直すにゃ!」


リリィがリュックから煙幕玉を取り出しばら撒くが、群れは慌てることなく、声による連携で対応してくる。煙が立ち込める中でも、統制は乱れない。


ロッシュが窮地に陥った瞬間──


「少しだけお手伝いするわ」


ツバキが前に出た瞬間、空気が変わった。


彼女の歩き方が変わっている。普段の軽やかなステップではなく、静かで、確実で、どこか危険な雰囲気を漂わせている。腰の双銃に両手をかけ、ゆっくりと抜き放った。


敵の槍がツバキに向かって突き出される。8本の槍が一斉に襲いかかる中、ツバキは──


ひょい!


まったく別の方向へひらりと跳んだ。


「え?」


槍は全て空を切る。ツバキの姿は戦士団から大きく離れた位置にあった。振り返ると、隊長格に向かって右手の銃を──


「えい!」


まるで小石を投げるような軽やかさで、銃を投げつけた。


銃把が隊長格の膝に命中する鈍い音が響いた。さほど強い衝撃ではないが、完璧なタイミングで急所を捉えた一撃で、隊長格がよろめく。


統制の中心を失ったリザードマンの群れの陣形が、一瞬だけ乱れた。


「今だ!」


ツバキの指示で、ロッシュとカルボの連携攻撃が炸裂する。


ハンマーの重撃と雷撃魔法が同時に襲いかかり、混乱した群れを一気に殲滅していく。


「え...社長が...銃を投げた...?」ティナが驚愕の表情を浮かべる。


戦闘終了後、ツバキは投げた銃をひょいと拾い上げてホルスターに収める。重い沈黙が流れた。


「あ、えーと...」ツバキが慌てたように手を振る。「た、たまたまよ。たまたま当たっただけ」


しかし、その一連の動作──軽やかに避けて振り返り、投げた銃で正確に急所を捉える技術は、明らかに訓練されたものだった。距離感といい、タイミングといい、まるで戦場を知り尽くした者の動きだった。


「社長...」ロッシュが疑問の表情を浮かべる。「さっきの動き、いつもより鋭かったですね」


「気のせいよ♪」ツバキが軽く手を振る。「ちょっと本気出しただけ」


だが、メンバーたちは普段の素材採取とは明らかに違うツバキの動きを感じ取っていた。いつもの動きより、いや...銃自体に何かをまとわせた感じだった。


「あの...社長」ティナが思い出すように言う。「今の投てき、普段よりすごかったですけど...」


「あ、えーと...」ツバキが慌てたように視線を泳がせる。「集中してただけよ♪」


沈黙が流れる。誰もが同じことを考えていた──彼らの知っている「工房主ツバキ」では、今の行動は説明がつかない。


## 深まる疑念


「次が最深部よ」ツバキが話題を逸らすように言う。「気を引き締めて」


最深部への階段を降り始めた時、微かに人の声が聞こえてきた。


「助け...て...」


「生存者がいるにゃ!」リリィの耳がぴくりと動く。


だが、その声と共に響いてくるのは──異様な詠唱音と、空間を歪ませるような不気味な魔力の波動だった。


ジジジジジ...


「この魔力...」カルボの顔が青ざめる。「普通の魔物じゃない。これは...上位魔界種の気配です」


魔力の質が、これまでの魔物とは根本的に違っていた。重く、濃密で、まるで世界そのものを支配しようとするような圧迫感がある。


「アーリマンね」ツバキが静かに呟く。


その名前を聞いた瞬間、メンバーたちの緊張が最高潮に達した。アーリマンは魔界の上位種で、転移魔法により隕石を召喚する恐ろしい魔物だ。


ツバキの表情が一変する。普段の明るさが消え、冷たく、静かで、どこか遠い目をしていた。まるで、遠い昔の記憶を思い出すような表情。


「みんな...最深部は私が先頭に立つ」


「え?でも社長は戦術士で...」ティナが慌てる。


「大丈夫」ツバキが右手の銃にも手を添える。「任せて」


その声には、普段とは全く違う響きがあった。静かで、確信に満ち、そして──どこか寂しげだった。


「社長...本当は...」カルボが何かを言いかける。


「後で話すわ」ツバキが振り返る。「今は、生存者の救助が先よ」


最深部への扉が見えてきた時、その向こうから漏れ出る魔力に、全員の肌が粟立った。扉の隙間から漏れる不気味な光は、まるで地獄の釜の蓋が開いたようだった。


ゴゴゴゴゴ...


「準備はいい?」ツバキが最後の確認をする。


メンバーたちが頷く中、ツバキは内心で覚悟を決めていた。


(もう隠し通すのは無理ね。でも...仲間の命には代えられない)


5年間守り続けてきた秘密。平和な工房主としての日々。それらを手放す時が、ついに来たのかもしれない。


重い扉に手をかけ、ゆっくりと押し開く。最深部から漏れ出る魔力と殺気が、一行を包み込んだ。


悠久の風の生存者たちが、まだあの地獄の中で生きているのだろうか。そして、アーリマンという恐怖の存在と、ツバキはどう戦うのか。

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