嘘じゃない、君の声で
桜が咲きはじめた通学路を、柚葉はいつもより少しだけ早足で歩いていた。
昨日までより、空が高い気がする。
昨日までより、呼吸が深くできる。
それだけで、何もかもが少しだけ変わったような気がした。
でも本当は、変わったのは世界じゃなくて――自分自身だった。
「おはよう、柚葉!」
正門の前で沙羅が手を振っていた。
制服のリボンが風に揺れている。
「おはよ」
笑顔が自然に出る。それが自分でも嬉しかった。
「ていうか、最近マジで別人じゃん。恋してるってやつ?」
「えっ……ど、どうして?」
「だって、“声”が違うもん。嘘のない声っていうか、ちゃんと届く声」
「……そんなの、わかる?」
「わかるよ。友達だもん」
くすぐったいような、でもあたたかい気持ちが胸に広がる。
そのとき、教室のドアが開き、担任の先生が入ってきた。
「転校生を紹介します。……入ってきて」
静まり返る教室。
そしてドアの向こうから姿を現したのは――
「……慧くん……!?」
柚葉の心臓が、跳ね上がった。
短い黒髪。少し緊張した表情。でも、確かに彼だった。
慧が、戻ってきた。
「今日からここに戻ってくることになりました。皆さん、よろしく」
拍手が起こる中、柚葉は夢を見ているような気持ちだった。
慧の視線が一瞬だけ、自分を捉えて――
微かに笑った。
「席は……柚葉の隣だな」
先生がそう言ったとき、全身が熱くなった。
慧が、柚葉の隣に座る。
「……びっくりした?」
「うん……夢かと思った」
「俺、どうしても君の“声”が聞きたくなったんだ。……嘘じゃない、君の声で」
柚葉は、涙をこらえながら笑った。
もう、あのノートはいらない。
この“再会”は、誰の手も借りず、自分たちで掴んだ奇跡だった。
放課後。
屋上にふたりで座り、並んで空を見上げた。
「転校先の学校、悪くなかったんだけどね。
でも、何かが足りなかった。たぶん、“君と話せる時間”だったのかも」
「……わかる気がする。私も、慧くんがいない間、ちょっとだけ苦しかった」
慧は笑う。
「ちょっとだけ?」
「ううん、……ほんとは、めちゃくちゃ」
ふたりは見つめ合って、同時に笑った。
「ねえ、慧くん」
「ん?」
「“好き”って言葉、今日だけでもう三回くらい思ってる」
「じゃあ、俺は十回くらい思ってるかも」
「ずるい……!」
ふたりの笑い声が、屋上に静かに響く。
今度こそ、嘘じゃない。
届いている、君の声も、想いも。
――これが、私たちの本当の始まり。
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