第12話 岩蜥蜴の産卵場


 岩蜥蜴を一刀両断したヴィータは、ひっくり返ったアンシッラの胸ぐらを雑に掴んで立たせると、三日月型の刀剣は抜き身のままに、視線を山林の奥へと鋭く向けた。

「アンシッラ、早く準備を整えてください。クノッヘンの国境警備隊に見つかる前に、『岩蜥蜴の産卵場』へ侵入して魔核結晶を確保します」

「は、はぁい……。ところで、魔核結晶ってどれだけ集めればいいんですか? 私の妖剣……『皮縫い針』だと岩蜥蜴を狩るのは難しいので、ものすごい時間かかってしまいますけど……」

 そう言ってアンシッラが目の前に掲げて見せたのは、縫い針にしては太く長い、しかし剣というにはあまりにも細くて短い、なんとも中途半端な針だった。


「剣格十等級のあなたに戦闘面での期待はしていません。その赤子──」

「ダン様です!」

 何故か誇った様子で、俺の名前を高らかに発するアンシッラ。

「……ダン様、をお守りしながら、私とエズーリオの後について来ればいいのです」

 ぎこちない口調だが、ヴィータが俺の名前を初めて口にした。名前に反応したというわけでもないのだが、俺がアンシッラの肩越しにじろりとヴィータの方へ視線を向けてやると、ヴィータは少し怯えたような表情をして肩を震わせた。


「なあ、それで結局、岩蜥蜴は何匹狩ればいいんだよぉ。あたしも聞いてないんだけどな、今回の目標ってやつ」

「今回の任務では……岩蜥蜴に関しては成体を十匹ほど狩れば、充分な魔核結晶を確保したと言えるでしょう。ただ、それは最低限の目標値に過ぎません。今の時季、『岩蜥蜴の産卵場』ではちょうど産卵期を迎えた雌の妊娠個体が出現します。体は大きく成長していて、気性も荒くなっているので危険ですが、妊娠個体は非常に上質な魔核結晶を持っているのです。私達の狙いはまさにこれです。少なくとも一つは持ち帰らないと、任務を達成したとは言えないでしょう」


 なるほど。岩蜥蜴の魔核結晶を十個。そして妊娠個体が持つ魔核結晶を一つ以上。それが今回の任務における表向きの目標か。わかりやすくていい。そういうことなら俺も手伝えるところは協力しよう。

 もっとも、そのためにはポンコツなアンシッラをうまくコントロールしてやらないといけないが。



 ほどなくして岩蜥蜴の産卵場への入口を見つけた俺達は、辺りに人の気配がないことを確認してから一斉に魔窟内部へと駆け込んだ。魔窟の中は何の変哲もない洞窟のように見えたが、しっかりと人の手が入っているのか、所々に魔核結晶を利用した恒久的な照明が施されている。


 これまでの山林の中とは違って、ここ魔窟の中では岩蜥蜴の狩りを目的にやってくる人間が少なからずいる。それはクノッヘンの地方領主から命令を受けた狩猟隊であったり、あるいは俺達のような密猟者だったりする。

 遭遇の確率は山林よりも格段に跳ね上がるだろう。

 任務は速やかに実行して、早々にこの場を立ち去るべきだ。


 ヴィータとエズーリオは迷いなく魔窟を走り抜け、目についた岩蜥蜴を次々に狩っていく。

 大抵のパターンはヴィータがまず岩蜥蜴に切り込んで、動きが鈍くなるまで手足などを斬り付け続けて、隙ができたところにエズーリオが巨大な肉切り包丁のような妖刀で止めの一撃を食らわせる。

 首を落とされた岩蜥蜴は幾度か体を痙攣させた後、黒い灰となって消滅していった。後には握り石ほどの大きさをした茶色の魔核結晶が残される。

 このように、およそ生物とは思えない死にざまを見せるのが魔獣の特徴である。


「お二人とも~。待って、くださ~い! あっ……魔核結晶が」

 ヴィータとエズーリオの後を必死に追ってきたアンシッラが、地面に崩れ落ちるようにして這いつくばり、岩蜥蜴が落とした魔核結晶を拾って回収する。


「おい、ヴィータ! あっちだ! あっちから岩蜥蜴の匂いがする! 行くぞ!」

「アンシッラ、息を整えてください。すぐに次の獲物を狩りますよ」

「は、はひっ! もう次ですか!?」

 魔窟を走り抜ける迷いのなさや、この手慣れた感じからすると、ヴィータとエズーリオの二人はおそらく何度もここの魔窟に侵入しているのだろう。目についた岩蜥蜴を狩っていると、あっという間に目標とする十匹分の魔核結晶を手に入れることができた。アンシッラは愚か、俺の出番もない。

 しかし、岩蜥蜴の妊娠個体はいまだに見つからず、上質な魔核結晶の入手には手間取っていた。


「困りましたね。妊娠個体が見つかりません……。捜索だけに時間をかけるわけにもいかないのですが」

「だな~。あんまり時間をかけていると密猟がばれる」

「今日、人間には誰とも遭遇してないのが逆に不安ですね」

 ヴィータとエズーリオはここまで順調に来たこと自体に不安を感じていた。正規の狩猟隊とはめったに鉢合わせることがない一方で、密猟者の類には遭遇することが多いと経験的に知っているからだ。

 それが全くないとなると、単純に運が良い日だったか、あるいは何か理由があって通常の密猟者は魔窟に入っていないのかもしれない。

 後者なら、事情を知らずに魔窟へ飛び込んでしまった俺達はとんだ間抜けだ。密猟者が避けたリスクを俺達が拾っているようなものなのだから。


「――――!? ヴィータっ。ヴィータ、ヤバいのがいる……」

 エズーリオが小声でヴィータに注意を促す。ただならぬ気配にアンシッラも身を縮め、ヴィータ達と一緒に曲がり角から先の様子をうかがった。


 魔核結晶の照明に照らされて大きな影が揺らめいている。

 それまでヴィータ達が狩ってきた岩蜥蜴の数倍はあろう体格の生き物が、密猟者らしき人間の死骸を貪り食っていた。

「あれが……妊娠個体。初めて見ますね。お腹が膨らんでいて、とても大きいです」

「すっげぇ血の匂いだぁ。獰猛さも増しているような……。いけるかぁ? あれ……」

 『岩蜥蜴の産卵場』に何度か来たことのあるヴィータとエズーリオも、妊娠個体を狩りの標的にするのは初めてらしい。体格が大きいというだけで脅威度は間違いなく跳ね上がっているだろう。

 もしかすると現在の魔窟に人が少ないのも、クノッヘンの密猟者達はその危険度を知っていて、無謀な挑戦を避けたのかもしれない。そうした危険度を理解していなかった間抜けな密猟者が、まさに今、貪り食われている死体というわけだ。


 下手をすれば、あの死体に俺達も仲間入りである。同じ想像をしたのか、俺を背負っているアンシッラの体が小さく震えていた。

「……任務ですからね。見つけてしまった以上、やるしかありません。ここで仕留められれば胸を張って帰還できますよ」

「しゃーねーかぁ。アンシッラは離れて見ていろよ」

「は、はぃい……」

 岩蜥蜴の妊娠個体は一心不乱に人の死骸を貪っている。その背後から、ヴィータとエズーリオが気配を殺して近づいていくのだった。


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