第8話 死を望まれている
ディアブルグ辺境伯領の領主館、その執務室でギン・シャーリー・ディアブルグ辺境伯と家宰のワーグが密かに話し込んでいた。
「イベルタが死んだ、だと? まさか、殺されたとでもいうのか、アレに」
「はい……現場の状況から察するに、不用意に近づいたところを一刀のもとに首を切断された、とみるべきかと」
「馬鹿な。信じられん。イベルタは警護役として武術の心得もあったのだぞ。相手がいかな怪物の剣妖であったとしても、赤子ごときに一刀で切り捨てられるとは思えん。よその領地が送り込んできた
同じ国家に属していても、隣の領というのは潜在的な敵である。
元々、十六の独立した自治領を王家という代表によって取りまとめているのが、この国の構造だった。十六領で最も大きい領地が王家として内乱や紛争に目を光らせているが、目の届かない水面下では、各地の領が互いに利益を奪い合って争っているのが実情だ。
とりわけ敵国と隣接していない領地などは、長年の平和ボケからか国内の隣領であれば大きな争いには発展しないと高をくくっている。平気で領の境を侵して、利益をかすめ取ろうとしてくるのだ。
隣領の間者の仕業を疑うディアブルグ辺境伯であったが、家宰のワーグの見立てでこれは否定された。
「間者の仕業にしては、あまりにも現場の放置が過ぎます。イベルタを殺害する理由もわかりません。屋敷内の警戒態勢が強化されるだけで、間者にとってよいことなどないかと」
「だとすればやはりアレの仕業ということか……」
ディアブルグ辺境伯はひとしきり考えを巡らせた後、非情な判断を下す。
「国境付近にある魔窟『岩蜥蜴の産卵場』にて、魔核結晶の奪取を命じる。……
「なんとっ!? 『岩蜥蜴の産卵場』に? あそこは魔獣化した岩蜥蜴が多くいるばかりか、クノッヘンの魔獣狩り共もうろついている危険地帯ですが……。剣妖部隊を無駄に損耗してしまいませんか?」
「だからこその試しだ。アレの世話役にあてていた剣妖の女中がいたな。そやつを筆頭に、しぶとく逃げ足の速い剣妖を二匹、補助に付けよ。無論、アレも一緒にだ」
「……本当によろしいのですか?」
ワーグの額から一筋の汗が流れ落ちる。
ディアブルグ辺境伯は今、まだ赤子である己の息子を戦場に放り込もうとしているのだ。それも格段に死亡確率の高いであろう死地に。
「構わん。犠牲になるのは十等級の
十等級の鈍ら、それは剣妖の女中アンシッラのことであった。
剣妖として生まれながらも、戦闘能力の低さからこれまで戦場に送られることなく、領主館の雑用をやらされていた者だ。近頃はすっかり、剣妖の赤子ダン・シャーリー・ディアブルグの世話役としての仕事が定着していた。
「それであれば……補助には剣格七等級のヴィータとエズーリオを付けましょう。あの二名であれば岩蜥蜴相手に遅れは取らず、仮に魔獣狩りと遭遇したとてうまく逃げおおせるかと」
「うむ。それでよい。文句は言わせるな。これは辺境伯としての命令である」
辺境伯としての命令、そうはっきりと告げられれば家宰のワーグとしては速やかに命令を実行するほかない。
だが、ワーグは言い知れぬ不安を胸中に抱えていた。
命令が実行されれば、高い確率で女中アンシッラとディアブルグ家の次男ダン・シャーリーは死ぬ。
どちらも領主館では疎まれている存在だ。今回の作戦で死んでしまったところで、誰も文句は言うまい。それどころか、安心する者の方が多いだろう。
死を望まれている。
ワーグにしても家中の平穏を乱す厄介者が消えるのは望ましいことだ。
そのはずなのに、ワーグの直感は警鐘を鳴らしていた。
何がいけないのかはわからない。
ただ、自分達が大きな過ちを犯そうとしているのではないか、そんな漠然とした不安が拭えなかった。
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