裁判官殿、最期に貴方様の命を弑させて頂けませんか。
えぇ、そうでございます。最期に貴方様の命を弑させて頂けませんか。そうでもしなければ気が休まりませぬのです。ですからお願い申し上げます、裁判官殿。そうして頂けましたら、私は憲兵の銃口を前にして「皇帝陛下万歳」「統一されし帝国万歳」と叫ぶ事が出来ましょう、そうして死にましょう。ですので重ね重ねお願い申し上げたいのであります。無理なお願いでございますか、やはりそうでございますか。失礼致しました。ですが、どうか、どうか、聞いて頂きたいのです。
その…先ほど…裁判官殿は仰られましたね、地獄の業火が恐ろしくないのかと。どうして地獄が怖いと言うのでしょう?私たち人間が此処を地獄に等しくしてから、私たちは長らく地獄におりますのに。
此処は恐らく農地であったのでしょう、名も知らぬ隊が名も知らぬ隊と接敵してから、私たちは長らく紅の泥濘に満たされた砲弾孔地帯で震えております。豪雨の如く降り注ぐ”砲撃”に、洪水の如く押し寄せる”突撃”に、泥濘の如く身を染める”病魔”に、そして単純な”寒さ”に。裁判官殿も此処にいらっしゃるのですから、あの惨憺たる現況を一目には致しましたでしょう?私の友もそうでありました。震えておりました。私の友の名はアイトゥと申しますですね、同じ氏族の者でして、私が故郷におりました時からの…唯一の友でした。ですが、アイトゥは
―――裁判官殿、私は……私は指令以外で………は…は…初めてでした。はい、以前貴方様の令で
…
えぇ…えぇ…おかしいでしょう…おかしいでありましょう…はぁ…ぇ…ぇえ、そうです、私は
その、武器もバラバラで、私は歩兵銃でしたが、槍を持ってる者もおりました、槍騎兵です、戦場の華です、馬は何処にもおりませんでしたが、それに、槍野郎は何処からともなく
……私は操り人形ではございません、人間です、元々は、人間です、一人の人間です、始めはそうでした、イヴェ部族のジャリトゥイ氏の家に生まれました。北方の小邑に過ぎませんが、良い場所です。星が綺麗で、オーロラも見えます。えぇ、卑しい身分でもない、生まれつき耳が悪いですが、それだけです。人間です。その、あの時、初めて理解したんです、分かったんです、気付いたんです!私は操り人形じゃない、道具じゃないって、あの、あ、あいつを、アイトゥを、あ、頭を、その、う、ぅ、撃った時に。私は殺せる、誰かの命令ではない、国を護る為でも、自分を護る為でもない、人を殺せる、人を殺せるって。その、私は殺せるんです、命令されなくても、殺せるんです。ですから、ですから、裁判官殿。最期に貴方様の命を頂戴頂けませんか。最期に貴方様の命を弑させて頂けませんか。命令によって殺される、そんなの耐えられません、ですから―――その苦痛の対価として、どうか私に最期に貴方様の命を弑させて頂きたいのです。……えぇ、そうでございますか。でしたら、どうか自分で死なせて下さい。私に絶たせて下さい、この命を。
どうか私に銃を下さい、すぐに頭を撃ち抜いてみせます。
裁判官殿、最期に貴方様を弑させて頂けませんか。 天津蒼生 / サン少佐 @AkamenoSan
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