ちょっと遅めのおやつ
黒崎
1
中学に入ってからは夏休みの課題を早く終わらせる、そんな目標は一年目にして崩壊しそうだ。今日は8月11日、宿題はまっさらな状態。友達とめいいっぱい遊んでいるし、なんなら最終日になるまで机に向かわない予感すらする。
今は午後四時半、他のメンツが各々の用事で帰ってしまったが、まだ家に帰るには早い時間だ。そうわけで、健太と一緒にファミレスにいる。おやつにしてはちょっと遅い時間だが、ドリンクバー人数分と山盛りポテトを頼んだ。先に健太がドリンクを取りに行った。特段やることもないので、今は何を飲もうか考えている。
「え、うそ」
思わず声が出た。なんたって、健太が手に持っていたのは、アイスコーヒーだったからだ。しかもブラックだし。あいつ、いつの間にそんな大人に……
「お待たせ」
「あ、うん。俺も取ってくるわ」
席を立って、ドリンクバーの方に行く。
飲みたかったサイダーは売り切れらしい。代わりを探すけど、コーラはオレンジフレーバーしかないし、フルーツ炭酸もレモン味の一種類のみ。あと残っているのは、紅茶、ウーロン茶、カフェオレ、そしてコーヒーだ。ここの店長はセンスがないな。
でも、ここまで俺の好きな飲み物がないのはおかしい。これはドリンクバーを司る神が「今日のお前は新しい味に挑戦するべきだ」と言っているに違いない。思い切ってコーヒーを飲むことにした。コップに黒い液体が注がれる。匂いだけでも苦さが伝わる。でも、健太もこれが飲めるんだ。きっと俺にも飲めるはず。一応、保険としてシュガースティックを持ってきた。
「遅かったな、ポテトきちゃったぜ」
「わりぃな!好きなドリンクがなかったんだわ」
「確かに、あのラインナップは癖が強いよ。てかお前もコーヒー?飲めんの?」
小馬鹿にしてくる態度にちょっと腹が立つ。そんなこと言われたら、一気に飲みたくなるじゃないか。
「飲めるさ!まぁ、今日が初めてだけど……」
そう言って、俺はコップの中身を流し込んだ。
「おい、初めてだったらカフェオレとかの方が……って、手遅れか」
なんだこれ、苦い!最初はそうでもなかったのに、後になってじわじわ苦くなってくる。自分でも顔をしかめているのがわかる。砂糖を持ってきておいてよかった。袋を破いて全部コーヒーの中に入れた。溶かすために箸一本を使って中身をかき混ぜる。
「お前にしては用意周到だねぇ」
「うるせぇ!めげないぞ、俺は。砂糖は入っているけど、リベンジだ」
俺は警戒しながらも、またコップの中身を口に入れた。さっきよりはマシ、甘い。甘いけど……
「どうよ、お味は?」
「……甘いけど、その後の苦味が後味悪い」
健太はケラケラと大笑いした。俺は今、恥ずかしさと苦味ですごい顔をしているんだと思う。笑いを収めた健太が、俺のコップを指差した。
「辛いんだったら俺が飲もうか?無理しなくていいよ」
これはドリンクバーの神が俺に与えた挑戦だ。諦めるわけにはいかない。
「いや、これは俺が全部飲むんだ!」
「宿題もそれくらいの意地でやれよ」
「黙れよ」
俺はもう一度コーヒーを飲んだ。もう二度と口をつけたくないから一気に流し込む。やっぱり甘さの後に強烈な苦味がきた。
先に甘くて、後で苦い……なんだか夏休みの自分の行いみたいだ。先に楽しいことをして甘い思いをして、後で宿題に押し潰されて苦い思いをする。こんなにまずい飲み物と俺は同類ってことか?
何を考えているか自分でもよくわからなくなってきた。多分ドリンクバーの神は俺に宿題のことを思い出させたかったんだろう。そういうことにしておこう。
「……帰ったら宿題やるか」
「お、偉い。わかんなくなったら通話とかで俺に聞いていいからな。英語以外ならなんでもやるぜ」
「健太様よ、ありがたや!貢物としてこちらをどうぞ」
俺はポテトの皿をケンタに差し出した。エアコンがガンガン当たっていたので、とっくに冷めている。俺たちはその冷め切ったポテトを食べながら、宿題について話し合った。
ちょっと遅めのおやつ 黒崎 @Sakuraba_N
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