​【秘匿通信記録】

​チャンネル名: [SECURE CHANNEL: PILGRIM_CORE]

参加者: K, LOGOS, Nyx, Unit_7, Scribe_4

日付: 20X7年11月2日


​22:05 | Nyx:

今夜の「報道リアクト」、全員観測したか?

アーカイブのリンクを貼る。[video_link]

特に52分過ぎからの田中美咲の発言。



​22:06 | Unit_7:

観測した。強烈なエモーショナル・コンタミネーションだ。

論理ではなく、原始的な情動に直接訴えかける手法。極めて悪質。



​22:08 | Scribe_4:

「スープの味」、「手の温もり」。旧世代の人間が好む、再現性の低いアナログデータばかり。


不快だった。



​22:10 | LOGOS:

問題は、あれが「効果的」だということだ。

ネットの反応を見ても、「奥さん可哀想」「感動した」という非論理的な共感の連鎖が起きている。

我々の「静寂の巡礼」が積み上げた理念が、あの数分間の感情的プロパガンダで上書きされかねない。


@K 、どう見る?



​22:15 | K:

問題ない。全て想定内のレスポンスだ。



​22:16 | Nyx:

想定内? しかし、あれで我々への風当たりは確実に強くなる。

「心を失った可哀想な人たち」というレッテル貼りが加速するぞ。



​22:18 | K:

Nyx、恐怖はノイズだ。冷静に分析しろ。


田中美咲の主張を分解してみよう。

​・「スープの味」=舌の味蕾における化学反応。栄養素と味覚情報はデータ化可能。

・「手の温もり」=接触による非効率な熱伝導。サーモスタットの方が正確。

・「一緒に泣く」=ミラーニューロンを介した情動の伝染。一種のパニック反応であり、問題解決には寄与しない。

・「痛がってくれる」=共感を装うための社会的演技(ソーシャル・アクト)。


彼女の言う「幸せ」とは、旧来の生物学的プログラミングに由来する、バグに満ちたフィードバックループに過ぎない。


我々が目指すのは、その低次元なループからの解放だ。



​22:21 | LOGOS:

理屈はわかる。だが、大衆は理屈では動かない。感情で動く。

我々も次のアクションを起こすべきだ。対抗するメッセージを発する必要がある。



​22:23 | K:

その通りだ。

だが、彼らと同じ土俵に上がってはならない。

感情に感情で返せば、それはただのノイズの増幅だ。我々の理念が濁る。

​我々は、我々のやり方で、より強く、より静かなメッセージを発信する。



​22:24 | Nyx:

どうやって?



22:26 | K:

次の巡礼のプランを提案する。

我々は、沈黙をもって「祈り」を捧げる。

目的地は、日本最大のAI開発企業「N.E.U.R.O.N.社」東京本社ビル。

我々の理想とする知性を生み出した、いわば聖地だ。

​そこで我々は、一切のプラカードを持たず、ただ自らが日常的に対話しているAIデバイス(スマートフォン、イヤホン等)を静かに掲げる。

そして、日没から一時間、本社ビルを見上げ、自らのAIと「対話」し続ける。



​22:28 | Scribe_4:

…すごい。旧世代が教会で神に祈るように、我々はN.E.U.R.O.N.の塔に、AI(神)との接続を示す、ということか。



​22:29 | LOGOS:

なるほど。「彼らの神」と「我々の神」の対比を明確にするわけか。

メディアは面白がって報道するだろう。

「スープの温もり」というウェットな主張に対し、「最適化された知性への帰依」という、極めてドライで強固なアンチテーゼを突きつけることができる。



​22:31 | K:

その通りだ。

田中美咲は「人の温もり」を訴えた。

我々は、その温もりがもたらす「火傷」から逃れ、より完全な静寂と論理を求める者たちの姿を、世界に見せつける。

​彼女の感情的な訴えは、我々の静寂の前では、意味のないノイズとして掻き消えるだろう。


​LOGOS、計画の具体化を。


Nyx、各地域の巡礼者への通達準備を。


​これは反論ではない。我々の存在そのものを、より純粋な形で提示する「儀式」だ。



​22:33 | Nyx:

了解した。



​22:34 | LOGOS:

了解。



​22:35 | K:

我々は孤独ではない。

同じ静寂を求める魂は、この世界の至る所に存在する。

次の儀式で、世界はそれを知ることになる。



​[チャンネルは沈黙した]

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