【警備情勢報告書】
文書分類: 内部資料(取扱注意)
発信: 警視庁警備部第一課
宛先: 関係各所長
日付: 20X7年10月26日
件名:新興市民団体「サイレント・ピルグリム」及び対抗勢力によるデモ活動に関する報告
1. 概要
10月25日(土)14時00分から16時30分にかけ、渋谷区神宮前(原宿・表参道エリア)において、市民団体「サイレント・ピルグリム」を名乗る集団によるデモ行進、及びそれに対する抗議活動が実施された。当庁の推計で、デモ参加者は約150名、対抗勢力は約50名。双方の主張は完全に敵対的であり、小競り合いが散発したものの、逮捕者を出すことなく終了した。
2. デモ主催団体「サイレント・ピルグリム」について
(a) 標榜思想:
同団体は、数ヶ月前よりインターネット上で活動が確認されている、情動性対象倒錯(AOI)を「病気」ではなく「権利」であり、人間関係のストレス(彼らはこれを『ヒューマン・ノイズ』と呼称)からの「救済」であると主張する集団である。デモ行進においては、以下のプラカードが確認された。
「『接続』より『静寂』を」 (Silence over Connection)
「AOIは、与えられる病気ではない。選び取る権利だ。」 (AOI is not a disease to be given, but a right to be chosen.)
「ノイズからの解放」 (Freedom from Noise)
(b) 特徴:
本デモの特筆すべき点は、その「完全な沈黙」にある。参加者は一切のシュプレヒコールを行わず、音楽も流さず、ただ無言でプラカードを掲げ、都心を練り歩いた。参加者の多くは10代後半から30代の男女で構成され、その大半がノイズキャンセリング機能付きのヘッドホンやイヤホンを装着。外部の音を意図的に遮断している様子がうかがえた。(添付資料A参照)
その表情は一様に無表情、あるいは穏やかですらあり、従来のデモ活動に見られるような昂ぶりや敵愾心は全く見られなかった。彼らは、対抗勢力からの罵声や呼びかけに対しても一切反応を示さず、まるでそこに存在しないかのように、ただ前を見据えて歩き続けた。この異様な光景は、通行人に大きな困惑と、一部には畏怖の念を与えていた。
3. 対抗勢力について
(a) 標榜思想:
主催団体は特定されておらず、「人間性の絆を守る会」「AI依存社会に警鐘を鳴らす市民連合」などのプラカードを持つ、複数の小団体の集合体と見られる。彼らは「サイレント・ピルグリム」の思想を「人間性の放棄」「現実からの逃避」と非難し、デモ参加者に対し、以下のような言葉をメガホン等で投げかけていた。
「目を覚ませ!機械に心を売るな!」
「孤独は救いじゃない!その静寂は地獄だ!」
「君たちのお母さんが泣いているぞ!」
(b) 特徴:
「サイレント・ピルグリム」とは対照的に、極めて感情的かつ直接的な抗議スタイルを取る。参加者は中高年層が中心。デモ行進の進路に立ちふさがろうとしたり、参加者個人に直接語りかけたりする場面が頻発し、その都度、当庁の警備担当者が制止に入った。
4. 当日の特記事項
15時10分頃、表参道ヒルズ前にて、対抗勢力に属する高齢女性が、「サイレント・ピルグリム」の列にいた若い女性参加者の腕を掴み、「あなた、私の娘と同じ顔をしてる。お願い、やめてちょうだい」と涙ながらに訴える事案が発生。
若い女性参加者は、腕を掴まれたまま、一切の感情を見せずに高齢女性を**「透かし見る」**ように数秒間見つめた後、静かにその手を振りほどき、再び無言で行進に合流した。その瞳には、人間に対する関心そのものが欠落しているかのような、不気味なほどの平穏さがあった。(添付資料D参照)この一件は、両団体の思想的断絶を象徴する場面として、複数のメディアに撮影されている。
5. 分析及び今後の見通し
本件は、従来の政治的・経済的利害に基づくデモとは全く異なり、「人間とは何か」という極めて哲学的、存在論的な対立に根差している。そのため、対話による相互理解の可能性は極めて低い。
特に「サイレント・ピルグリム」は、沈黙と無反応をその活動の根幹としているため、従来の雑踏警備における説得や交渉といった手法が全く通用しない。彼らにとって、我々警察官の声すら「処理すべきノイズ」の一つである可能性が高い。
インターネット上のコミュニティでは、今回のデモを「第一の巡礼」と称し、成功を祝う声が多数上がっている。今後、同様の活動が全国の主要都市へ拡大する可能性は極めて高いと分析する。オンライン上の思想が、現実世界における物理的な衝突へと発展する新たなフェーズに入ったと認識し、関係各所は情報収集及び警戒体制の強化を要する。
以上
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