第32話

「告白はもっと雰囲気作ってからやれ。最も、芽島がこれを知ってなお、お前と友人でいてくれるかは分からんがな」


そう言い、先生はスマホの画面を見せた。それは地域のニュース速報を映しており、見出しには信じがたい言葉が並べられていた。


速報

十歳女児猟奇殺害事件、犯人と主張する女子高生を確保。女児の父親である私立高校教師が担任する生徒か。

女子生徒は「やれと脅された」と供述しており、詳しい動機について捜査中です。


先生は指で画面を下へと動かして、続きの文を僕達に読ませていたが、サイトの一番下に辿り着いたところでスマホをポケットに仕舞った。


「お前が、緒方を脅して乙訓先生の娘さんを殺したんだろう。」


その言葉に、呆然としていた嘉根さんは電気が流れたように体を跳ねさせて驚いた。その顔には困惑がみえた。


「ち、ちがう!私そんなこと言ってない!」

「どこにその証拠があるんだ。お前が緒方の弱みを握っていたのは確かだろう。」


今までの落ち着きはなんだったのか。彼女はポケットを慌ただしく探って、スマホを取り出した。親指で叩きつけるように操作して、先生が開いたのと同じニュースサイトを開いて、食い入るように読み返していた。

先生が彼女を騙そうとしたとでも思ったのだろうか。

何度も何度も顔を上下に動かして、ニュースの文字を読み直していたようだが、やはり受け入れられないようだ。僕もこっそりとニュースサイトを開いて確認するが、当然内容に変わりはなかった。


「なんで……私、悠くんと仲良くなりたかっただけなのに。なんでこんな事になるのよ」

「前々から思っていたが、お前は人との付き合いが下手すぎる。人と仲良くなりたい時は、外堀を埋めたり金を渡すんじゃなくて、まず話をしろ。お前、仲良くしているグループにカモにされているの気付いているんだろう。気付いていて、どうして言い返さないんだ」

「だって、だってご飯を買ってあげれば仲良くしてくれる。新作のコスメも買ってあげればその週は話してくれるの。私も、初めはこんなのよくないと思って、お金を出さない時があったけど、いつの間にか一人になってて……もうあんな思いはしたくない、お金を払うだけで友達が出来るんだったら、それに越したことはないじゃない」


今にも泣き出しそうな表情で、彼女は吐露した。彼女とよく遊んでいるグループとの間に溝があるように見えたのは、周りが彼女を高嶺の花だと思っているからではなく、いいように使われていただけだったのか。お金持ちでしか起こり得ないようなイジメもあり、それに気付けなかった自分が腹立たしい。僕が学級委員を務めるクラスなのに、堂々といじめが行われていたのか。


「そのストレスのはけ口に、お前も無意識のうちに緒方を使ってたんだよ。じゃあその緒方のストレスのはけ口は?それがこの事件を起こしたんだよ。……時期に警察がお前を連れに来るだろう。全ての罪を隠す事なく正直に話せ。お前はまだ十七だから、実名で報道されることはない。」

「でも、私、本当に緒方さんにたくさんお金を払って、緒方さんもそれに納得して動いてくれたのに、なんで」

「人ってのは強欲なもんだ。無かったもんが手に入ると、また欲が湧く。その繰り返しだ。金だけで人を動かせると思うな。」


僕は初めて佐々木先生を学校の先生らしい人間だと感じた。勝手に理科準備室を私物化したり、怠そうに授業をする面しか知らなかったので、案外生徒を正しい方向へと導くことのできる人間なのだと、こういっては上から目線だが先生の事を見直した。


先生は彼女にこれからの事を考えるように言葉をかけ続け、あ、と思い出したように話を始めた。


「そうだ、お前理科準備室に盗聴器を仕掛けたのは許していないからな。イヤホン型なんて姑息なもんをつけやがって」

「うっ、ごめんなさい。で、でも、イヤホン型なんて、付けてないです。私が付けていたのはこれです」


そう泣きながら彼女がカバンから取り出したのは、理科準備室で見つけた一つ目の盗聴器と同じ形をしていた。彼女は立ち上がり、教室の前方と後方のコンセントタップや机の裏から形は違うが、同じメーカーの物を取り外して机に並べた。

それを見て佐々木先生の口の端が震えた様な気がした。ポケットからハンカチに包まれたイヤホン型の盗聴器を机の上に置いて、話し始める。


「本当に、コレに見覚えはないのか?」

「ないです、先生のイヤホンじゃないんですか?」


素人目線だが、彼女が嘘をついているとは到底思えなかった。そう感じたのは佐々木先生も同じ様だった。

先生が彼女に何かを聞こうと机に身を乗り出した途端、ガラッと教室の戸が開いて教頭先生と警察の格好をした人が続けて入ってきた。


「お話中失礼、佐々木先生」


教頭先生が佐々木先生の名前を呼び、先生は頷いて立ち上がり、続いて嘉根さんを立ち上がらせる。警察の格好をしたおじさんが立ち上がった嘉根さんに話しかける。彼女は抵抗する事なく、全てを受け入れている。


「嘉根富里江さんですね、署までご同行願います」


彼女はなにか反応することは無かったが、無言で警察のおじさんについていった。廊下へと出る時、振り向いて僕を見つめたが、掛ける言葉も見つからず、また声をかけられる事もなく去っていった。次に彼女に会えるのは、いつ頃になるのだろうか。

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