AIにカクヨム小説書かせたら、修正指示するより自分が書いた方が早くね? ~それでも沼る、作者の業~

五平

第一話 鳴かず飛ばずの小説家志望と、AIの誘惑

薄暗い六畳間には、インスタントコーヒーの

匂いが常に漂っていた。窓辺に置かれた

小さな植木鉢には、土が固く乾き、

何も芽吹く気配がない。壁には、かつて五平が

夢見た人気作家たちのサイン入りポスターが

所狭しと貼られていた。彼らの輝かしい

業績を見るたび、五平の胸には焦燥感と

劣等感が渦巻いた。部屋の隅に置かれた

古時計は、もう随分と前から時を刻むのを

やめ、静寂だけがそこにあった。

そのポスターの下には、薄汚れた段ボール箱が

積み重ねられ、その中には、過去に五平が応募し、

最終選考で落ちた文学賞の通知書や、

出版社からの不採用通知がぎっしりと

詰まっていた。それは、五平が費やした

時間と情熱が、何一つ報われなかったことを

無言で突きつける、残酷な現実の象徴だった。


五平は、うずくまるようにして

キーボードを叩いていたが、指は重く、

思考は泥のように絡まり、なかなか進まない。

パソコンの画面に表示された白紙の

原稿用紙は、まるで五平の心のようだ。

もう何時間この画面と向き合っているのだろう。

しかし、一行たりとも満足のいく文章が書けない。

才能がない。その言葉が、鉛のように重く、

五平の心を深く、深く、深く沈めていく。

まるで無限の沼に引きずり込まれるように、

抗うこともできずに、絶望の淵へと沈んでいく。

「……俺、本当に才能ないな」

独りごちた声は、誰にも届くことなく、

むなしく、そして虚しく部屋に響いた。


ウェブ小説家として生計を立てる夢は、

もう何年も前から破綻している。

アルバイトで細々と食いつなぐ日々。

時折、勇気を振り絞ってウェブサイトに

新作を投稿しても、読者からの反応は乏しく、

評価ポイントもまるで伸びない。

コメント欄には、たまに「頑張ってください」

といった形式的な応援がある程度で、

具体的な感想や批判はほとんどない。

それは、存在すら認識されていないのと

同じことだと、五平は知っていた。

周りの友人たちは、皆、安定した職に就き、

結婚し、家庭を築いている。SNSで流れてくる

彼らの幸せそうな写真や投稿を見るたび、

五平は胸が締め付けられるような孤独感に襲われた。

自分だけが、この薄汚れた部屋で、

架空の物語にしがみつき、現実から

目を背けている。


その日も、五平は新作のアイデアを

求めてインターネットをさまよっていた。

まるで飢えた獣のように、何か新しい

刺激を求めて。流行りの異世界転生モノ、

手に汗握る現代ファンタジー、

はたまた哲学的で難解な純文学まで、

あらゆるジャンルを読み漁った。

しかし、どれもこれも、どこかで見たような、

ありきたりな展開に思えて、

五平の凍り付いた心には響かない。

頭の中は、まるで霧がかかったように

何も見えず、思考は停止していた。


そんなとき、偶然、目にした広告があった。

それは、ウェブ小説投稿サイトの

バナー広告の片隅に、ひっそりと

表示されていた。

「最新型小説執筆補助AI。

あなたのアイデアを瞬時に形に。

もう書けないとは言わせない。

新しい創作のパートナーがここに。」

いかにも胡散臭い広告だと、五平は

鼻で笑った。AIごときに、人の心を

深く揺さぶる物語が書けるはずがない。

創造性とは、人間の感情から生まれるものだ。

そう固く信じていた。

しかし、書けない苦しみは、五平の

誇りを徐々に、だが確実に蝕んでいた。

まるで泥沼に足を取られるように、

ゆっくりと、だが確実に、

五平の自信は吸い取られていく。

藁にもすがる思いで、

その広告をクリックした。

もしかしたら、この苦しみから

解放される術があるかもしれない。

そんな淡い期待が、五平の心を

支配していた。


シンプルな登録画面が表示され、

メールアドレスとパスワードを設定し、

簡単な質問にいくつか答えるだけで、

すぐにAIが起動した。

AIからの指示が画面に表示される。

「物語のジャンル、テーマ、

主要登場人物を入力してください」

五平は、これまで温めていた、

しかし形にできなかったアイデアを、

半信半疑ながらも慎重に入力していった。

キーワードを打ち込む指は、

微かに震えていた。

『剣と魔法のファンタジー、

主人公は冴えない青年だが、

実は隠れた才能がある。

ヒロインは高飛車な魔法使いで、

主人公と反発し合いながらも、

次第に惹かれ合う……』

ありきたりな設定だと、自分でも

うんざりするほど思う。

だが、今の五平には、これしか

表現できるものがなかった。

入力が終わると、AIは一瞬で、

信じられないほどのものを提示してきた。

「プロットを生成しました」

画面に表示されたその文字は、

五平の脳裏に焼き付いた。

その下には、自動生成された

プロットの概要が表示された。

その中の、特に目を引く一文が五平の心を掴む。

『「お前のような凡人が、この世界で何ができる?」

その声が響いた時、青年は初めて、

自らの内に秘めた『調律の剣』の

鼓動を聞いた──。』


画面には、五平が入力した

たった数個の要素を基に、

緻密に構成された物語の骨格が

示されていた。導入、展開、クライマックス、

そして衝撃的な結末までが、

完璧なまでにロジカルに配置されている。

しかも、驚くべきことに、

カクヨムで人気を博している

作品群の傾向を完璧に分析し、

それらのヒット要素を巧みに

取り入れているのが見て取れた。

まるで、五平が書きたかった

物語の「最適解」を、

AIが見透かしているかのようだった。


例えば、主人公が窮地に陥った際に、

ご都合主義的ではない、しかし読者が

「そう来るか!」と唸るような、

予想外でありながら納得感のある

チート能力の覚醒のタイミング。

高飛車なヒロインが、主人公に

心を開くきっかけとなる、

読者の胸がキュンとするような

絶妙なシチュエーション。

さらには、物語の途中で登場する

魅力的なサブキャラクターたちの

個性的な設定や、今後の伏線となるような

意味深な描写まで、細部にわたって

作り込まれていた。

どれもこれも、五平自身が何日も

何週間も悩んで、結局、

思いつきもしなかったような、

斬新で、それでいて流行のツボを

完璧に押さえたものばかりだった。

五平は、息を飲むのも忘れて

画面を食い入るように見つめた。

完璧だ。これなら、きっと読者に

読んでもらえる。そう直感した。

疑いの余地はない。


同時に、五平の背筋には

冷たいものが走った。

まるで氷水を浴びせられたような

感覚に襲われた。

このAIは、まるで人の心を

完璧に読むように、いや、それ以上に、

膨大なデータと緻密な統計分析によって

「読者の心を掴む最適解」を

冷徹に、そして正確に導き出している。

恐ろしいほどの効率性。

それは、五平のこれまでの

努力や苦悩を、無意味だと

突きつけるかのようだった。

「これなら、俺にも書ける……のか?」

五平の口から漏れた言葉は、

期待なのか、諦めなのか、

自分でも判別がつかなかった。

希望と、漠然とした不安、

そしてかすかな恐怖が、

五平の心の中で激しく入り混じっていた。


このAIを使えば、夢に見た人気作家に

なれるかもしれない。

長年の苦しみから解放されるかもしれない。

だが、その代償として、

自分は何を失うのだろう。

自分の個性、作家性、

そして何よりも、物語を

「生み出す」という喜び。

そんな問いが、頭の片隅に

引っかかりながらも、

五平は抗うことができなかった。

目の前の「成功」という名の誘惑に

抗いきれず、五平は次のステップへと

進むボタンを、震える指で押していた。

その指の震えは、期待か、それとも後悔か。

今はまだ、誰も知らない。

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