第1章 影の猫 - 9
猿たちは、絶句した。目の前にいるものは猫であって、猫ではない。自分たち猿を一撃で失神させる猫なんて、そんな猫がいてたまるものか。
しかし、確かにそれは目の前にいた。しかも自分たちの中で一番の実力者であるモモを一撃で殴り倒した。誰も理解が追い付かず、ただただ言葉を失った。
その猫は猿たちを見て、確かめるように呟いた。
「貴様らか」
そのひと言が何を指すのか? それすら猿たちは理解できない。
一方でサンだった猫は、ゆっくりと構えた。左の拳を前に、右を後ろに。そして2本の足は軽快にステップを刻む。
「皆殺しにしてやる」
猿たちはようやく理解した。この猫は猫質から敵になったのだ。しかも自分たちの中で最も強かったはずのモモを一撃で沈めた、恐るべき敵に。
敵ならば、やることは一つ。戦うことだ。
そう気づいた時、1匹の猿が宙を舞った。猫が踏み込み、右の拳で顎を打ち抜いたのだ。アッパーを受けた猫は、そのまま数メートル背後まで吹き飛んだ。
猿たちは再び言葉を失う。あの猫は速いだけではない。信じられないほどの腕力を持つ。低く見積もっても自分たち以上、下手をするならイノシシ並みの——。
2匹目が崩れた。腹部への回し蹴り。肋骨が砕ける異音がした。直後に3匹目も。こちらは顎を打ち抜かれて失神した。
残っていた3匹の猿が、同時に飛びかかった。反射だった。何もしなければやられる。そう分かった途端に体が動いた。腕力は向こうが上だ。数で押し切るしかない。覆いかぶさり、押さえ込み、動きを止める。身を挺した突撃。
しかし、その猫は猿たちの肉弾をあっさりと通り抜けた。わずかな隙間を猫らしい柔軟さを持って。すれ違ったあと、猿たちは振り返った。あるはずの感触がない。自分たちの攻撃が失敗したことを悟る。同時に、猫の打撃が飛んだ。4匹目は顔面に右肘を受け、鼻が潰れた。5匹目は回し蹴りを腹に受け、血液混じりの胃の内容物を全て吐き出して崩れた。6匹目は顔面に左拳、右拳、左拳の三打を受け、倒れた。
7匹目の猿は、腰を抜かした。残っているのは自分だけ。しかも地面に崩れ落ちた仲間たちは、いずれも血みどろだった。自分もああなるのだ。
猫は7匹目を見た。そのとき、
「待て……よ……」
低い唸り声と共に、猫の足首を誰かが掴んだ。モモだった。失神から目覚めたばかりで、体の自由が効かない。しかし、精いっぱいの力を使って、彼は猫の足を掴み、激痛に耐えながら必死で言葉を選び、吐いた。
「俺が、悪かった。森に帰る、街の連中に詫びも入れる。だから、頼む。そいつだけは勘弁してくれ、一番、ガキなんだ。頼む、お願いだ。」
モモが伝え終えると、猫は笑った。
「オレを殺すつもりだったんだろう?」
その言葉にモモの全身が固まる。結論が出たからだ。
「あの猿は殺す。貴様も殺す。当たり前だ」
猫は言った。冷たく、反論の余地がなく、そして絶対的な声で。
それでもモモは、
「それでも、頼む、あいつだけでも……」
猫は右足を高く掲げた。踏みにじるためだ。斧のように重く鋭い一撃を頭頂部に落として、その命ごと踏みにじる。
「黙れよ」
そのひと言と一緒に、足がモモの頭部に振り下ろされた。
しかし、
「……何をする?」
猿の頭を叩き割るはずの一撃が、途中で止まった。振り下ろされた足刀をカゲトラの手が片手で止めていた。そして、
「ふん!」
猫の片足を掴み、そのまま放り投げる。その猫は空中で3回転し、何事もなかったように着地した。
カゲトラが言った。
「調子に乗んなちゃ、もう充分やろうが」
掴まれた足に残る感触を確認した後、その猫は「ふん」と笑った。そして、カゲトラに訊いた。
「誰だ、お前は?」
「カゲトラ。さっき言ったやんか」
カゲトラは答えると、首を回しながら訊いた。
「自己紹介もしたやろ。俺がカゲトラで、お前がサン。違うんかちゃ?」
「違う。今は」
「どういう意味か?」
「今は、レイだ」
「なるほど、ワケ分からんな」
カゲトラは構える。いつも通り、ゆっくりと。
「ま、ええわ。ワケが分かるように、詳しい話を聞かせてもらうぞ」
「黙って従うと思うか?」
「何でもええんちゃ。とりあえずブチくらして、話を聞くワ」
「やってみろ」
その猫——レイが言った。カゲトラは小さく笑った。
「おう、そうするわ」
レイは答えず、一気にカゲトラの間合いに飛び込む。あの左拳が、カゲトラの顔面を捉えた。
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