退屈

@vicks_

授業

 鼓膜に捉えられず、流されていくばかりの声が、教室に響いている。机に向かう生徒の意識はまばらで、プリントに細かに書き込む者、授業に使うという名目で、スマホゲームに興じるもの、はたまた意識を投げ捨てて、微睡の世界に浸っている者。

 朝一番の授業というものは、起き抜けの残滓と気だるさとの格闘だ。

 些細なことで響く声をあげて、逐一笑うツボの浅い教師に、呆れ半分で耳を傾ける。


「———まず十進法に直し……」


 いつになったらそんなことを使うのか? もはやそんな疑問すら考え尽くした退屈な時間の中で、僕はどうにか娯楽を見つける。

 消しかすを丸め、手慰みにし、最近できるようになったペン回しを、誰に披露するでもなく得意げにやってみせる。

 眺める秒針の進みは、夜な夜なカップ麺を作る時よりも遅く、早く終わらないかと懇願するように、重たい頭を無理やり回らせる。

 まだ三十分もあるのかと目を回し、配られたプリントを、後ろの席の女子に手渡し、香る紙の匂いに自身がいる場所を再認識させられる。

 どことなく大事そうな板書をして、握るペンの重さに息をつく。

 そうまでしてやりたくないのか? と問われれば、別に絶対的な理由があるわけでもない。


 後ろ手に、女子の独り言が舞う。「ねむ……」それだけで、もたげた頭が、今にも机につきそうなのが容易に想像できる。

 窓を見やれば、雲ひとつない青空が広がっていて、やっぱり奥には少しのたなびく雲があって、その隣に見える鉄塔に、お前も嗤うのかと、憎々しげに視線をぶつける。

 そういえば、と、黒板の端に目をやり、今日の日付を確認する。今日は指されることはないだろうと安堵し、また外の景色に耽る。

 三階からの景色は、中途半端で、覗く木々は頂点まで見えず、見渡す限りの家々の屋根は、自分の目線より少し下なくらいで、とても褒められるものではない。

 残り十五分、いよいよ終わりの見えてきた地獄に、それ以上時計を見ないことを決意する。

 

 せっかくの少しの高揚を、次の瞬間に、まだ「二分しか進んでいない」とつぶされたくはない。

 最終手段に僕は、いつの間にか手放していたペンを取り、白紙の問題プリントに走らせる。

 無心に浮かぶ形を、紙に付着する炭に任せて具現化する。

 別に心得があるわけでもないのに、まるでデッサンでもするかのように、シャッシャッと、小気味いい音を響かせる。

 くっきりとした輪郭に、長く細いまつ毛、瞳の奥にゆらめかせるのは、星に近い形状の瞳孔。


 下手くそな自分の画力で、どうにかまともに描ける落書きだった。

 それも左目だけで、同じように右目を描こうとすると、どうしても歪んでしまう。

 また別の箇所に芯先を突いて、走らせる。

 指先に伝う、紙を掻くような感触が、僕の心を踊らせる。

 それに満足して、はっとするようにプリントを俯瞰すれば、問題には一切関係のない、アニメ調の瞳が乱立している。


 遅刻してきた生徒に教師が対応し、授業がほんの数秒滞る。それすらも行幸で、よろこばしいことだ。

 周囲に首を巡らせて、ダウンした人数を数える。

 自分は眠らなかったと胸を張り、どうでもいいのに口の端を曲げる。

 そうして鳴り響く鐘の音に、一人拳を握ってポーズをとる。

 今日の始まりはなんだか疲れたな、そんなことを思いながら号令に椅子を引き、立ち上がる。

 次いで日直の声が聞こえる、


「これで、二限目の授業を終わります」


 ありがとうございました〜

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