第10話‐4
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犬飼リオン。塔伐科高校東京校勤続四年目の二七歳。ギフト《
犬飼と桜の因縁は塔伐科高校時代にまで遡る。二年松組に在籍していた当時、幸運にも《王》の調伏に成功した犬飼は順風満帆そのものであった。
それを、一学年下の怪物が全てぶち壊した。
目に余る問題児であった桜に対し、品行方正な生徒会役員だった犬飼は、その鼻っ柱を折ってやろうと決闘を申し込んだ。当時はまだ仮想戦闘のない時代。結果、駆け付けた大勢のファンの見守る中で、王を含む手持ちの塔魔一〇〇あまりを全滅させられたのに対し、彼には傷一つつけられないという惨敗を喫した。
「あっれー。手下に囲まれて、自分が強いって勘違いしちゃったんすか? センパイ♡」
この世の全てを舐め腐ったような笑顔で吹いた、憎らしいほど美しい顔立ちの一年坊の声が、一生脳裏にこびりついている。
身が焼けるような屈辱に狂った犬飼を救ったのは、当時担任だった、橘令だった。
「君のチカラは、桜君以上の無限の可能性を秘めている。僕はね、君に是非、この学園の教師になってほしいと思っているんだ」
次期校長の座に就くことが当確していた橘の描く新しい学園の未来予想図を、彼は犬飼にだけ話してくれた。当然のようにプロの塔伐者を目指していた犬飼が、それで希望進路を変更するくらいには、当時から橘に心酔していた。
やがて夢を叶え、校長室で橘と再会した時、犬飼は全てを聞かされた。
「『僕のやり方に、疑問を抱くことを禁じる』」
全ての教師を縛る橘のギフトは、犬飼を縛ることはなかった。なぜなら、橘の願う世界の在り方に、犬飼は心から共感したから。
やがて塔になる生徒たちを、それでも愛し、その瞬間まで立派な塔伐者として育てる。命を賭して世界を循環させる彼らに、心からの敬意と感謝を抱きながら、最大限の自由と楽園を与えて。そうして彼らは消えていく。誰も悲しませずにひっそりと。完成された数式のように、神が創り上げた宇宙の「理」のように、哀しくも美しい仕組みだ。生徒のために天使を演じ、世界のために鬼になる、橘の所業はこの世で最も尊い務めだと感じた。
だから、それを邪魔する人間が現れたとき。それが例の桜慧であったとき。犬飼の心を筆舌に尽くしがたい殺意が満たした。
桜のギフトを徹底的に研究し、犬飼はひたすら「そのとき」を待ち続けていた。
今が、そのときであった。
犬飼が生涯で攻略した、約五〇基の塔で調伏した塔魔――《兵》二〇〇〇体。《衛》二五〇体。《将》一五体。これらすべて、犬飼の意志一つで異空間から召喚し、操ることができる。塔が一度に十は自壊した大災害に匹敵する物量である。東京全土を一晩で火の海にできる、この軍隊に単独で対処できる人間など存在しない。はずであった。
闇夜と獣の群れを引き裂く桜色の閃光。殺到する無尽の塔魔を徒手空拳のみで潰し、砕き、千切り、投げる――自身の血で黒のスーツすら深紅に染め上げて、桜慧は笑う。
「酷いことをしますね。この塔魔は全て、かつての教え子たちの血肉に等しいというのに」
冷笑にも桜は応えず旋回し、背後に迫った三メートルの
キリがないと判断したか、桜は大群の外に立つ犬飼目がけて脚力を爆発させた。光の粒子と肉片と戦塵を巻き上げ、蹴散らし、高速で行き過ぎる塔魔の頭を潰して回りながら、犬飼が用心深く四十メートル以上空けていた間合いを一直線に食い尽くしてくる。
その軌跡上に、犬飼は四体の《王》を召喚した。
その全てが、地に引きずるほど髪の長いこと、全身を光る紋様が這っていること、瞳が光を映さないことを除けば、間もなく成人を控えた、少年少女の顔をしていた。
犬飼は彼らの名前を知らない。覚えていない。だから、それらのチカラの特性から簡潔明瞭に名づけている。
二メートルを超える茶髪の少年が、超人的な筋力を誇る《拳王》。
ラベンダー色の髪の少女が、体内に千種の毒を飼う《毒王》。
レイピア型のピアスをした少女が、千本の剣を操る《剣王》。
時計盤のような瞳の少年が、事象の時を進める《腐王》。
犬飼が抱える全ての戦力が、ここに余さず解き放たれた。
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