第5話‐2
動物的な嗅覚でそれをいち早く察知した竜秋が見たのは、赤い光を放って虚空から現れる異形の姿だった。一五〇センチほどの丸々とした赤褐色のシルエットに、ピンと立った三角の耳が二つ。極端に短い手足。生き物というよりも、何かしらのキャラクターを雑にパクった着ぐるみのような物体――三十メートルほど先の緑の丘にぼよんと着地したソレは、爽やかな景観からひどく浮いていて、なまじ可愛らしい雰囲気が言いようのない不安を駆り立てる。
「アレが……塔魔か……?」
「うええ!? なんかキモ可愛いな!?」
竜秋たちを発見したか、ソレはよたよたと短い足を回して丘を駆け下りてくる。――銃声一閃、濃い桃色の光線が、身構えた竜秋の横を掠めて一直線に草原を駆け抜け、敵のボディど真ん中を撃ち抜いた。
風穴の開いた腹から、血や臓物の代わりに赤い光の欠片を撒き散らし、塔魔は憐れな悲鳴を上げて爆散。死体は一片も残らず、無数の赤い燐光だけがしばらく漂い消える。
「一撃か。案外柔らかいわね」
スコープを覗き込んだまま、髪をかき上げて低く言う恋の指は、全長一五〇センチの巨大な狙撃銃の撃鉄に添えられている。がっしりした二脚(バイポッド)が支える大口径の銃身。漆黒のボディに刻まれた金の雛竜のエンブレム。
量産型の
「恋ちゃんすっげー……なんか慣れてんね!?」
「ウチの家金持ちだから。射撃練習できる環境揃えてもらってたの。こんなクソギフト引いた時点で、ゴリゴリの前衛目指しても未来ないっしょ」
自虐的に言い捨てるが、恋はホークアイの熟練度について、通常半年かかるというノーマルクラスに一週間で到達し、ベテランクラスへの昇格も秒読み。その腕前は更科も「既に学園で五本の指に入る」と絶賛されるほどだ。先刻、敵が出現した瞬間バイポットを地面に突き刺すようにして銃口を標的に向け、一瞬で照準を合わせるや迷いなく発砲。それで急所の中心を射抜くのだから、スピードも精確性も非の打ち所がない。
緩んだ空気は、息を一つ吐く程度の短さに終わる。一つ、二つ、三つ――辺りで次々と赤い光が弾け、先ほどと同じ丸い怪物が躍り出た。猫と豚をモチーフにした子供向けのキャラクターのような薄っぺらい顔が、口角だけで不気味に笑っている。
「おいおい、いっぱい湧いてきたぞ!?」
「本格的に始まったわね……塔の免疫機能」
「近いヤツは俺がやる。恋、遠くの頼む」
鋭く言って、竜秋は既に猛虎の如く駆け出していた。最も近い、十メートルほどの距離に出現した敵の懐に飛び込み、肥った横腹に竜爪を叩き込む。込めたチカラに反して軽い手応え、やはりダメージはないが――瞬間、敵に食い込んだ得物に、まとわりつくような赤い光が灯った。――吸収、完了。
振るわれた爪をひらりと跳び越え、返す刀で真上から怪物を叩き潰す。敵の大きな頭が風船のごとくへこみ、衝撃の余波が大地までもを陥没させる。なおも腕に力を込めて押し込むと、敵の体は盛大に破裂した。
よし、効いた! 赤い光が降りしきる中、思わず拳を握る。攻撃が効いた。たったそれだけのことで、まるで塔伐者を志すことをようやく神から許されたように思える。
それでも舞い上がったのは一瞬、すぐに残敵へ視線を移す。既に恋が一体を撃ち抜いた後で、遠く草原の一点に光片が舞っている。残り一体もまだ二十メートル以上距離があり、恋には十分リロードして照準を合わせる余裕があった。
――その背後、わずか三メートルの距離に、新たな赤い光が爆ぜる。
「っ!?」
そんなのアリか。反射的に地を蹴った竜秋だったが、陣形から飛び出していた分距離がある。怪物は出現の瞬間から、スコープを覗く恋の背中に狙いを定めていたみたいに、三角を敷き詰めたような牙を剥いて躍りかかった。駄目だ、間に合わない――
「――【疾(はし)れ】!」
駆け抜けた紫色の閃光が、怪物を真っ二つに両断した。
爆散した光の雨を切り裂いて、刀を振り抜いた格好の少女が飛び出す。鮮やかな紫色のオーラをまとい、誠は軽やかな身のこなしで草原に着地、靴底で制動をかけた。
「うっおおおおお!? まこっちゃんかっけえ!」
「……今の、どうやったんだ」
最後の一体を恋が撃ち抜いたのを見送って、竜秋はへたりこむ誠に手を貸した。やや照れたようにその手を取って、ぐっと体重を預けて誠が立ち上がる。
「実は桜先生からアドバイスをもらってね。重力操作で僕の体重を軽くしたんだ。自分の身体にギフトをかける分には、人にかける一割程度の理力消費で済むみたいで。攻撃の重さも落ちちゃうのが課題なんだけど……」
あの桜が助言を? 竜秋は一瞬意外に思ったが、桜は暇さえあればクラスの生徒にちょっかいをかけ、ギフトの使い方を小馬鹿にしていたのを思い出した。誠はあれをアドバイスだと受け取っていたようだ。人が良いのか鈍感なのか……。
どちらにせよ、誠は理力貧乏なりに戦う方法を見出しつつある。頼もしいと同時に、ふと胸に生まれた妙な焦燥感に竜秋は戸惑った。
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