第4話‐4
塔が発生してから"自壊"するまでには、どんなに早くても一か月あまりの猶予があり、自壊が近づくにつれ明確な状態の変化が認められる。
まず、一定期間で塔は"発熱"する。表面温度は最大で二百度に達し、うっすらと白い蒸気を放ち始める。ちょうど傍らの【塔一号】のように。これをステージ二と呼び、以後は隣接の観測室が警戒態勢に入る。
そして、そこからさらに一定期間で、塔の外壁に"亀裂"が走る。これが《ステージ三》――自壊寸前の兆候。
こうなると、早ければ一週間で亀裂の本数が臨界に達して、塔は崩壊し、中から大量の塔魔が外界へ溢れ出す。万一にもそうなれば凄惨な被害は避けられない。無論そうならないために、《ステージ三》に移行した塔は最優先攻略対象となり、原則二日以内に攻略を開始しなければならない規定になっている。そういう、この四十年で組み上げてきた塔の常識が、まるで嘲笑とともに蹴散らされた気分だった。
「は、はっ!? なんで!? あの塔たった今発生したばっかだろ! ステージ三って……もう壊れるってことかよ……!? やばいよな、やばくね……!?」
裏返った声で爽司が喚くのも、今回ばかりは全く無理もないことであった。あの紅の塔は、人類になんの準備も猶予も与えないつもりだ。
「落ち着きなさいよ! 今ので塔伐者(プロ)に通報がいってる。数時間のうちに攻略班(パーティー)が組織されて、今晩にも攻略が始まるわよ!」
取り乱す爽司の肩を掴んで顔を覗き込み、恋が毅然とした声を出す。
確かに、塔伐者に出動要請が入るのは、実際に塔がステージ三に移行してからだ。それからでも自壊には最低一週間以上の猶予があるため、十分間に合う。"本来なら"。
ほんの数秒でステージ三まで駆け抜けたあの塔に、同じだけの猶予を期待できるのか。こうして見ている間にも、ピシリ、ピシリと、孵らんとする竜の卵のように、塔の外壁に走る亀裂が倍々に増えていく。
無理だ。竜秋の動物的な勘が、塔の余命を克明に感じ取っていた。コイツは、もう保たない。割れた卵から醜悪な雛竜が顔を出すビジョンが、竜秋の脳裏でフラッシュする。
その瞬間。動けないでいる竜秋の横を、何かが風の如く走った。
高い金網の向こう側、黒い砂漠の斜面に着地する人影。
「ちょっ!? まこっちゃん!!?」
爽司の、狂人に向けるような制止の声には耳も貸さず、今なお硬質の悲鳴を上げ続ける塔めがけて、誠は一直線に駆け出す。本能と理性でせめぎ合い、硬直していた竜秋の体は、その背中に突き動かされた。
三メートルの金網を一息に飛び越え、瓦礫の山に着地するや、先を走る背中目がけて大地を蹴る。黒い風のように走りながら、汗びっしょりの顔で震える口角を上げた。
「待てよ誠!」
「止めないで竜秋くん! 僕は行く!」
「バァカ、止めるかよ!」
誠に追いつき、横に並ぶ。二人してサラサラの砂を蹴散らし走るごとに、一層高みへ聳え立つ真紅の巨塔が、こちらに倒れてくるみたいにして立ちはだかる。
誰かが塔に挑む間、自壊は一時停止する。つい先日の授業で、竜秋たちはそれを学んでいた。――あぁ、俺が出遅れるとは。やっぱりお前は、いざってときに動けるやつだ!
あの塔はもうもたない。誰かが犠牲にならなきゃいけない。塔が崩壊し、中から無数の化け物が溢れ出して、この町を地獄に変えてしまう前に、誰かが飛び込まなければ。
心臓がバクバクいっている。全身からいやな汗が噴き出てくる。手は震えるし、足がもつれる。悪夢の中を走っているみたいだ。絶対に冷静じゃない。それなのに、吸い込まれるように塔に向かって走りながら――竜秋は、誠は、笑っていた。
『止まってください! 危険です! 危険です! キケン、デ……!』
内耳に響いていた、機械音声でも鬼気迫るようなコウチの叫び声にノイズが走る。塔が放つ強力な磁気が、ウラヌスと外部の連絡を遮断してしまったらしい。
ついに二人は、塔の入口(ゲート)まで到達した。根本の側面に空いた、三メートル四方ほどの風穴。そこから先は黒い水槽に複数の蛍光塗料をぶち撒けてかき混ぜたような、一目見て異質な色彩が渦巻いている。外壁の爆ぜる轟音が降り注ぐ中、二人して一度、立ち止まる。
「おーい! 待て、待て、お前ら!!」
そこへ追いついてきた爽司と恋が、抱きつかんばかりに竜秋と誠へ掴みかかった。
「何考えてんのよあんたら!? 死ぬ気!?」
「これが崩れりゃ、どうせ市民のため最初に死ぬ役やらされるぞ! 誰かが行かなきゃ全員死ぬんだよ! 俺たちが行くから、お前らは学園に報告! つってもコウチを通じてとっくに情報がいってるだろうが」
なおも何か言いすがる恋と爽司に背を向け、竜秋は早鐘を打つ心臓の位置をはっきりと感じながら、七色の光と闇が渦巻くゲート目がけて駆け出した。誠はもう、竜秋より僅かに早く飛び込んでいた。光に呑み込まれる寸前、背後で二人が「あー、もう!」「ちくしょう!」と叫んだのが聞こえた。
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