第0話-3
三日ほど、学校を休んだ。
学校に行く決心をしたのは、立ち直ったからじゃない。逃げている自分のダサさに耐えきれなくなっただけ。三日ぶりに登校してきた竜秋を、大勢の級友が取り囲んだ。
「ギフト、どんなのだった!? この間誕生日だったっしょ!?」
揃いも揃って期待した顔で、いきなり聞かれた。適当な嘘で取り繕うこともできただろう。しなかったのは――竜秋自身が、彼らよりよっぽど、一番期待していたからだ。俺が授かるギフトは、この俺に相応しい最強のものに違いないと。そう、たとえば、あの金色の炎のような。だから、どんな架空のギフトを騙ることも、どうしてもできなかった。
「ねぇよ」とだけ吐き捨て、人ごみを押しのけて席に座った。
人が変わったように、竜秋は教室で一言も話さなくなった。それが、ありえない竜秋の自称に、次第に信ぴょう性を与えていった。竜秋の立場は、そこから明確に変わった。
ある日、校舎裏を歩いていた竜秋を、十人以上もの少年が取り囲んだ。
「やぁやぁ、無能の巽くんじゃないですか」
ふんぞり返ってそうせせら笑うリーダー格の少年は、いつぞやの水野だった。
竜秋自身、これまで不必要に敵を作ってきた自覚はあった。大して関わったこともないやつを含め、竜秋を取り囲んでいる人間は皆、その目に一様に敵意を漲らせていた。へえ、知らなかった――俺ってこんなに嫌われてたのか。
「やれ!」――水野の号令を合図に、背後から金属バットが唸る。身を翻して回避した流れで足を蹴り払って、そいつを背からアスファルトに叩きつけた。その腹を踏みつけてバットを奪うと、波状的に飛びかかってきた少年二人を一瞬のうちに叩きのめす。背後に迫った三人目を後ろ回し蹴りで吹き飛ばし、間合いの遠い四人目の頭に金属バットを投擲、鈍い音を上げて卒倒させる。
「雑魚が」
そう息を吐いた一瞬の隙――いきなり、耳に、鼻に、目に、大量の水が流れ込んできた。
「……ッ!?」
ガボッ、と口から泡が飛び出す。――なんだ、これ、水……!?
「ヒハハハハハハッ! しゃああっ、捕まえたぜ!!」
背後から、水野の快哉が低く鈍く聞こえる。竜秋は今、顔全体をヘルメット大の水塊に包まれていた。背後でせせら笑う、水野のギフトによって。
息が、できない。慌てて顔にまとわりつく水を引き剥がそうと試みるが、実体のない水は掴めず、指が水に沈むだけ。ならばと背後の水野を蹴り飛ばそうとして――両腕、両足を既に、複数人がかりでしがみつくように押さえつけられていることに気づく。
「お前ら、もっと押さえろ!」
「ガボ……ッ、ゴボ……ッ!!」
苦しい、息ができない、動けない。俺は――こんな奴らにさえ、負けるのか。
「イヒヒ、苦しいか? 裏格闘技の大会何連覇か知らねえけど、しょせんギフトなしルールのおままごとだろ。本当の戦闘ってのはさぁ、ギフトのランクがモノを言うんだぜぇ」
酸欠の脳が、屈辱ではち切れそうになる。言い返せない。やり返せない。力が、入らない――抵抗虚しく、竜秋の意識はだんだん薄れていった。
その中学校で「無能」と言えば、それは巽竜秋を指す言葉になった。
白目を剥いて失神した水浸しの顔を、水野に満面の笑みで踏みつけられた竜秋の醜態は、SNSの海に投下され、間もなく学校中に知れ渡った。無能力者確定。死んだ天才。ついこの間まで地元の星だった英雄は、まるでこれまでの借り入れを一気に取り立てられるみたいに、大勢の失意と落胆と軽蔑を浴びた。
水野たちのいじめはエスカレートするかと思いきや、翌日から彼らは揃って学校に来なくなった。なんでも昨晩、全治半年の大火傷を負って全員入院を余儀なくされたらしい。火遊びでもしていたのだろう、と決めつけられ大した噂にもならなかったが、水を操る能力者が火遊びごときで火傷を負うだろうか、と事件性を疑う声もあった。
その年の秋、熾人は転校した。理由は分からないが、彼だけが家を出て寮生活をするのだという。竜秋はそれを、ただ母づてに聞いたまでであった。
やがて竜秋は、人々の話題にもあがらなくなった。毎日登校して、黙々と机につく竜秋を、誰もが空気みたいに扱った。巽竜秋は、完全に終わった。
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