集落のカミ 弐
「おー、これはまた」
久方ぶりに訪れる集落は、記憶の中のそれよりも随分と朽ちていた。祖父の引っ越しの時以来の訪問なので、記憶が多少は美化されていたのかもしれない。
大人になった自分がこの集落跡を改めて訪れるとは、当時は考えもしなかった。
「……まあ、用事があるから、だが」
独り
この集落に来た目的は、探し物があるからだ。
それは、集落に関する記録。日記でも写真でも、かつてこの地にあった生活や歴史の一部でもわかる何か。
最初、父が何か知っているのではないか、と本人に尋ねてみた。しかし、彼はこの集落の生まれだが、祖父から集落にまつわる話や古いしきたりなどは教えてもらっていないらしい。
自分も、祖父との記憶はそこまで多くない。その中で鮮やかに覚えているのは、臨終の際の「これで終わる」という言葉と、「一人で山の社に行ってはいけない」という約束だ。山は危険だということだと勝手に理解していたが、その真意は聞けず仕舞いだった。父も同様の注意をされていたようだが、詳細は知らないとのことだ。
それはつまり、祖父は意図的に集落の事情から父や自分を遠ざけていた、という事実に他ならない。
――祖父は何か隠している。そして、それはこの地にあるはずだ。
しかし、元住人もしくはその家族は現在各地に散ってしまっており、すべての家々を調査するための許可を得ることはできなかった。そのため、今日は祖父の元自宅と公共の施設――集落の集会所代わりでもあった神社のみ――に限って行う。
昔の記憶を頼りに祖父の家に向かう。道中周囲を見渡すも、誰の手も入らなくなってから二十年近くが経ち、集落全体が荒れ果てているという印象だ。
目的地に到着すると、建物は記憶にあるよりも大分古びていた。家は誰も住まなくなるとすぐに悪くなるとどこかで聞いたが、なるほど手入れの重要さを理解した。
無言で扉を開け、埃が積もった床を土足で上がる。居間、台所、客間と次々に探索するが、家財道具は残っておらず、手がかりひとつ見つけることはできなかった。引っ越しの際にほとんど処分してしまったのだろう。
ある程度想定していたが、どうやら探し物の望みは薄そうだ。
最後に残された祖父の部屋に入る。そこにはそれまでと同様に生活の痕跡はなく、しかし明確に異なる点があった。――畳の上に一冊の和綴じ本と、麻縄が括り付けられた鍵が置かれていたのだ。
鍵を鞄の中に入れ、本を手に取り開く。墨で書かれた文章は崩し字だが、ある程度読めるので問題ない。
『我々はアレに認識された。アレはどうにもならないモノだ。どうやっても逃げられない。』
『アレが村に降りてきた。嫁を寄越せと言ってきた。それをしなければ村を滅ぼすと。嫁を与えれば繁栄をさせると。どうすればいい。』
『我々はアレをカミとして奉った。数年に一度、嫁を与えると誓った。娘を泣きながら送り出した。我々は生きねばならないのだ。』
『何度も、何度も我々はカミと契りを交わした。』
『語り継げ、書き継げ。子孫たちよ、アレはカミだが神にあらず。生き残るためにここに残す。カミを、その在り方を。』
「……これだ」
思わず声が出る。
どうやら、この集落には“カミ”と呼ばれるモノがいたらしい。“カミ”は人々に“嫁”を要求し、人々は泣く泣くその要求を呑んだようだ。
こういった先人たちの記録が必要だった。
徐々に読み進めていると、和綴じ本がもう一冊あることに気づいた。どうやら重ねて置いてあって、自分は上の本だけ取り上げたらしい。
下の本は上にあった物より薄汚れており、幾分か水に濡れたらしく皺が寄っている。
念のため、そちらも中身を確認する。
「……おい」
こちらも先人の記録だ。それに間違いはない。
だが、その内容を自分が受け入れられるかどうかは別問題だ。少なくとも昔の、祖父が健在だった頃の自分だったら到底無理だろう。
途中でページを捲るのを止め、二冊とも鞄の中に突っ込んだ。
――自分は今、どんな表情をしているのだろうか。
「……けっ」
柄にもなくそんなことを考えながら、続いて神社に向かう。
神社は集落のほぼ中央に座している。かつては何度か訪れたそこも、今は寂れて何の気配もない。
社務所や境内を調べてもあまり良い結果はない。最後に本殿の中に足を踏み入れる。そこには御神体らしき鏡と、「天照大御神」と書かれた掛け軸が祭壇に飾られていた。
「ほう、記紀の神を祀るか」
天照大御神を祀ること自体は、何も不思議ではない。この国において主要な神であり、人々の生活とも関わりのある太陽神だ。主祭神ではなくとも、他の神と合祀されている場合も多々ある。
しかし、“カミ”を祀っている様子は見受けられない。先程の記録にはあれだけ“カミ”に対する畏怖の感情が記されていたにも関わらず、だ。
それらの事実が意味し、考えられる仮説は。
「……いや、今ではないな」
焦っても意味はない。一度持ち帰り、情報を精査する必要がある。
何枚か本殿内部を含む神社周辺の写真を撮影し、帰路に着いた。
次に来る時には――調査が進展した時だろう。
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