アイスの好み

るいか

優しさのフレーバー


 僕は、アイスを選ぶときはいつもフルーツ系にしていた。


 ピーチ、マンゴー、ベリー。

 どれも、甘すぎたり酸っぱすぎたりして、正直あまり得意じゃなかった。


 でも──

 君がそれを食べてる時の顔が、好きだった。


「おいし〜!」って、スプーン片手に目を細めて笑う顔。

 その笑顔を見られるなら、味なんてどうでもよかった。

 それに、フルーツ系なら半分こできるし──

 なんとなく、その方が“ふたりでいる感じ”がして、僕は好きだった。


 君はたまに不思議そうに、「またそれ?」って笑ってたけど、

 僕が「こういうの、好きなんだよね」って言えば、ちゃんと納得してくれた。

 ……たぶん、気づかないふりをしてくれてたんだと思う。


 本当は──

 僕、ずっとバニラが好きだった。


 冷たくて、まろやかで、舌に馴染むやさしい味。

 子どもの頃から、ずっと変わらない“安心できる味”。


 でも、君の笑顔を見られるなら、僕はこれから先もずっと、フルーツ系でいいと思ってた。

 君がそっちを選ぶ限り、僕もそっちを選ぶつもりだった。


 ──そのはずだった。

 

 その日も、僕たちは駅前のベンチに並んで座っていた。

 コンビニで買ったアイス──いつもの通り、フルーツ系。今日はブルーベリーだった。


 僕が先にスプーンを取って、ひと口。

 ……甘い。

 でも、そのあとに来る酸味で、喉が少しだけピリッとした。


「うわ、濃いな今日のやつ……」


 思わずそう呟くと、隣の君がくすっと笑う。


「え〜? おいしいよ? 私これ、けっこう好きかも。」


 やっぱり、君が笑うと、それで全部どうでもよくなった。


 それなのに──

 今日は、なんだか体が重かった。


 スプーンを持つ手が少し震えていて、

 ほんの少し、頭がふらつく感じがあった。

 熱があるのかと思ったけど、触ってみてもそんなに熱くはない。

 でも、どこかが“おかしい”のは、はっきりわかった。


「……ちょっと、食べてて」


 そう言ってスプーンを渡すと、君はきょとんとして、でも嬉しそうに受け取った。


「え? じゃあ、遠慮なくいただきまーす!」


 君はすぐに、ぺろっと半分くらいを食べてしまって、

 僕はそれをぼんやり眺めていた。


 ──もしかしたら、このくらいでちょうどいいのかもしれない。


 最近、食べきれないことが増えていた。

 それでも笑ってごまかしてきたけれど、

 君がそれに気づいているかどうかは、わからなかった。


 気づいていたらどうしよう、

 気づいていなかったら──それはそれで、なんだか寂しかった。


  アイスを食べてる間も、頭の奥がずっとジンジンしていた。

 耳鳴りのような音が消えなくて、

 遠くで話している君の声が、少しだけ遠く感じた。


 それでも、笑わなくちゃって思った。

 少し無理して、

「うわ、今回のシェイク、ちょっと失敗かもな〜……やっぱ俺、バニラ派だわ」

 って言ったら、君は吹き出すみたいに笑った。


「ふふ……じゃあ、こっち、飲む?」


 そう言って、君が差し出したのを1口飲むと、

 バニラ味のシェイクだった。


「あなたがそっちを頼むと思ったから、今日はこっちにしてみたの」


 さらっと言うその声は、やさしくて、少しだけ震えていた気がした。


 ……ああ、やっぱり君は、

 全部、わかってたんだ。


 ありがとう、と言う代わりに、僕は受け取った。

 ひと口、口に含むと、懐かしい味がした。

 冷たくて、甘くて、まっすぐな味。


 「……うん、やっぱり……これが好きだな」


 笑ったつもりだったけど、

 シェイクを持つ手は、少し震えていた。


 視界が、ふわっと滲んでいく。

 君の顔が、にじんで、ぼやけて、揺れて──


  あの子が、フルーツ系のアイスばかり選ぶのを見て、最初はただの好みだと思ってた。

 でも、何回目かのデートで「うわ、今日のちょっとキツいわ…」って顔しかめた時に、

 私はやっと気づいた。


 ──あ、これ、無理してるんだ。


 それでも、私が「じゃあ別のにすればよかったね」って言うと、

 あの子は決まって笑って、「いや、君が喜ぶほうがいいんだよ」って言ってくれた。


 そんなのずるいよ。

 笑って“好きなふり”して、こっちの顔ばっかり見て。


 私はずっと、わかってた。

 あの子が、本当はバニラが好きだってこと。

 甘すぎなくて、素直な味が似合うって、なんとなく思ってた。


 だから、あの日はこっちがフルーツを選んで、

 あの子の分だけ、バニラを買っていった。


「あなたがそっち頼むと思ったから、今日はこっちにしてみたの」


 そう言いながら手渡したシェイクに、

 あの子は驚いたような、でもすごく嬉しそうな顔をした。


 「……うん、やっぱり……これが好きだな」


 言ったその瞬間、

 シェイク持っていた手から、ぽたりと落ちた。


  ベッドの上で、彼は目を閉じたまま、かすかに息をしていた。


 モニターの音が静かで、

 部屋全体が、息をひそめているみたいだった。


 私は、彼の手をそっと握って、笑った。


「……アイス、また食べよ?」


 声が少しだけ震えた。

 泣かないって決めてたのに、うまく笑えなかった。


「次は、何味がいい? 今度はふたりで、バニラ食べよ?」


 しばらく沈黙が続いて、

 もう返事はこないかもしれない、って思ったとき──


 かすかに、唇が動いた。


「……フルーツが、いいな……」


 小さな声。

 でも、はっきり聞こえた。


「君の……笑顔が……見れるから……」


 その言葉が終わると同時に、

 彼の指先が、そっと力をほどいていった。


  季節はすっかり、夏になっていた。


 駅前の広場、いつものベンチ。

 今日はひとりで座っている。


 コンビニで買ったカップアイス。

 蓋を開けると、真っ白なバニラが顔を出した。


「……やっぱ、あんたって、ほんとはこっちが好きだったよね」


 そう呟いて、スプーンでひとすくい。

 口に運ぶと、懐かしい甘さが広がる。


 あのとき、君がくれた最後の言葉が浮かぶ。


「フルーツが、いいな……君の笑顔が見れるから……」


 馬鹿だなって思う。

 最後の最後まで、

 ほんとに、君は──ずるいくらい優しかった。


 涙が滲んで、バニラの味が少ししょっぱくなった。


 でも私はちゃんと、笑って言った。


「……ねえ、次会えたら──今度は私が、フルーツ選んであげる。」

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アイスの好み るいか @RUIKA1210

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