Thread Side 04|彼がドアを閉めるとき
山内奈緒(やまうち・なお)/42歳・冬木修司の元恋人
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別れた日のことは、よく覚えてる。
大きな喧嘩をしたわけじゃない。
ただ、冬木くんの「目」が、もう私を見ていなかった。
あの人のまなざしって、まっすぐで、人の話をちゃんと聞くような目だったのに。
最後の数週間は、まるでずっと誰かに見張られてる人みたいだった。
何かを話しかけても、
半テンポ遅れて「ん?」って返すことが増えて。
まるで、心ここにあらず──いや、「別の場所に心がある」って感じ。
夜中に、メッセージも何もない、”駅のホーム”の写真を送ってきたことがあった。
その画像、今でもスマホに残ってる。
送信時間は午前3時半。
その時間、もう誰も電車なんて走ってないはずなのに。
冬木くんがいなくなったと聞いたのは、分かれてから一ヶ月後。
共通の友達からだった。
でも、正直言うと、
私はその少し前に“彼を見かけた”気がする。
夜、終電の車内。
私、仕事で遅くなって座席に倒れ込むように座ってた。
疲れすぎて寝ちゃって、終点の直前にふと目が覚めとき。
──斜め向かいの席に、彼がいた。
制服じゃなくて、いつものコート姿だった。
少しだけ笑ってたような気がする。
だけど、私が目を合わせようとしたその瞬間、
彼の表情が「溶ける」みたいに、すーっと歪んでいった。
白目と黒目の境目が曖昧になって、
皮膚の色も、なんていうか……モニターの中の誰かみたいな、人工的な色に変わって……
私は慌てて目を逸らした。
次の瞬間、彼は消えていた。ほんとに、一瞬で。
だから、居なくなったって聞いた時も、『あぁ、そうなんだな』って、妙に納得しちゃった。
今でも時々、あの日の姿のままで夢に出てくる。
電車のドアが、ゆっくり閉まる夢。
その向こうに、冬木くんが立ってる。
笑いながら、口を動かしてる。
「また、会えるよ」って。
声は聞こえないけど、たぶん、そう言ってる。
……ねえ、
これ、ただの夢だよね?
だって、もし本物だったら──
私、あの終電に乗ったとき、ドアが閉まるのを見ちゃいけなかった気がするから。
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