見た目だけ幼女

AK3t(TuT)

第1話

「──敵影、前方二時の丘陵地。接敵まで三分」


通信が鳴る。

しかし、戦車の指揮席でふんぞり返る少女は、まるで聞いちゃいない。

金髪をおさげに編み、膝に乗るサイズのその身体には、明らかに似合わない軍服。

軍帽のつばを下げ、口には火の点いた煙草。紫煙が小さな顔をけぶらせていた。


「ようやく来たか、畜生どもが」


小さく唇を歪める。

座高の低さを補うように設置された特注のハイシートに沈み込むその少女──いや、大佐の名は、


クレア・ヴァンシュタイン。28歳。機甲師団長。

──だが、周囲の兵からは、もっぱらこう呼ばれていた。


“鋼鉄の幼女(リトル・アイアン・ビッチ)”


 


「目視確認! 魔物の群れ、推定三十体以上! 種別は──トロル級!」


前衛のスカウトが叫ぶ。

魔物が這いずるように森を抜け、こちらへと迫ってくる。

その身を覆う鎧のような皮膚。分厚い筋肉。

それらを見て、普通の人間なら腰を抜かす。だが──。


「上等だ、トロルの肉でも踏み潰してソーセージにしてやれ」


クレアは煙をくゆらせながら、無線機を手に取った。


 


「こちらヴァンシュタイン。全車両に告ぐ──」


重々しく、彼女の声が戦場を覆う。


「ギアをローに。初速で轢け。足を止めんな。奴らの再生力? 知るか。戦車は、潰すためにある」


沈黙の後──


「了解!」

「こちら〈ヘルハウンド〉、突撃態勢!」

「〈カラス〉も続く、砲塔は固定、体当たり優先!」


次々と咆哮のような返答が返ってくる。

兵たちは命令を迷いなく受け入れる。いや、むしろ喜んでいた。

この幼女のような大佐が、どれほどの戦果を叩き出してきたか──皆が知っている。


 


「さあ、やるぞ」


クレアは煙草をくわえたまま、そっと目を細める。

戦車の車内に、エンジンの震えが広がる。

鉄塊の鼓動。魔物の咆哮。轟音の予兆。

すべてが混ざり合うその刹那、


「全軍突撃。──轢き潰せ」


──咆哮。


 


戦車が鉄の獣と化して走り出す。

クレアの座す指揮車両〈ナイトメア〉が最前列、一直線に敵の中央へ。

トロルたちが振り上げる棍棒を、砲塔で受け流し、側面装甲でへし折る。

装甲を削り、泥を跳ね飛ばしながら、鉄の列は猛進する。


魔物の肉が潰れる音。

悲鳴。咆哮。硝煙と土煙の入り混じる狂騒。

だが、クレアの表情は一切変わらない。

むしろ、安堵していた。


「やっぱりこうでなくちゃな。命を削る価値がある」


灰になった煙草を床にこすりつけると、新しい一本を取り出す。

それが吸える程度に、まだ息があることを喜びながら。


 


「──おい、次の補給部隊は遅れてるんだろ。ったく、子守かよ。あたしより年下のくせに、年寄り扱いしてくるんじゃねえぞ」


嘆く声が、轟音の中に溶けていく。


 


クレア・ヴァンシュタイン。28歳。見た目は幼女、口は悪いが、戦果は確か。

“轢いて勝つ”を信条に、魔物戦線を戦車で駆け抜ける。


そして、次の戦場へ。

魔物を、轢くために。



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