第38話:洪水の港町と、波の神の混沌

荒れ果てた港町に、一行は足を踏み入れた。


瓦礫に覆われた通り、崩れた桟橋。

だが、そこに立つ人々の目は、決して折れていなかった。


「……ここが……」

ニールが声を震わせる。


「洪水の被害を受けた町……だが、まだ息づいている。」

サリウスが周囲を見渡す。


町のあちこちで、人とモンスターが力を合わせ、土嚢を積み、家を直している。


「キュー……(すごい……みんな頑張ってる……)」

アルネアが小さな声で呟いた。


「この状況を乗り越えたなんて……まさに試練だな。」

ディルが感嘆する。



---


そして――


潮風に乗って、遠くから光が流れ込んだ。


「……なんだ……?」

俺は目を細める。


波がひときわ高く打ち寄せ、白い霧とともに、その存在が現れた。


波打つ青と白の衣をまとい、身体からは水が滴り落ち、髪は海藻のように揺れる。


「……波の神様……!」

港町の長老がひざまずく。


「よくぞ、この試練を乗り越えた。」

声は穏やかで、深い海のようだった。


波の神様は町のモンスターたちへ手を差し伸べる。


「――真名を授けよう。」



---


次々と光が降り注ぐ。


「グォォッ……!」

海辺の亀型モンスターが突然背に巨大な岩殻を生やし、進化する。


「ピィィィ……!」

小さな魚型モンスターが二本足で立ち、口を開いて言葉を紡ぐ。


「……しゃ、しゃべった!?」


「キュゥ……(すごい……!)」


だがその隣で、弱いモンスターが真名の光に耐えきれず、消えるように砂となった。


「……あ……」

少女が泣き崩れる。


「……大丈夫か……!」

俺が駆け寄ると、波の神様はただ目を閉じていた。


「善も悪も関係ない。私はただ、真名を授けるのみ。

 耐えるか、進化するか、消えるかは――魂の在り方に委ねられる。」


「……そんな……。」

ニールが拳を握りしめる。


「……これが神の試練の先……。」

サリウスが深く息を吐く。


港町のあちこちで、進化したモンスターたちが雄叫びを上げ、突然言葉を話し出すものもいれば、暴走を始めるものも現れた。


「キュー!(カノン、どうする!?)」


「……止めるしかない!人を傷つけさせるわけにはいかない!」


「ヴォォ!」

ヴァルが翼を広げ、リューネリアが低く唸る。


フェリアが花弁のような魔法を散らしながら叫んだ。


「ピィィ!(落ち着いて!)」



---


港町は歓喜と混乱の渦に包まれた。

試練を乗り越えた先に待っていたのは、祝福と災厄の入り混じる新たな現実。


俺はアルネアを抱きかかえ、遠く波の神様を見上げた。


「……これが神の試練……。なら、俺たちは――。」


「キュー……(進むしかない……神様の先へ……)」


「……ああ。主神を探し出して、必ずこの真名の未来を正す……!」


サリウスが頷き、ディルとニールも拳を握った。


「行こう。次の手がかりを探すんだ。」


港町の波が静かに引いていく。

だが心には、荒れ狂うような決意が刻まれていた。


――神の試練は続く。俺たちの旅もまた、終わらない。

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