1万年の愉楽・重力の都市  ディア― ケンジ ナカガミ

井上 優

第1話

一万年の愉楽・(重力の都市)

     DEAR KENJI NAKAGAMI


錆(さび)付いた宇宙船が、ドックに入航してきた。

木星への定期運航便に使われていた船体だ。


もう数十年前に現役を引退したはずの船を見られるとは、思ってもみなかった。


 中学校からの帰り道に、僕はよくこの宇宙ドックに寄る。エアスクーターは時速70キロ出るように改良してある。違法だが、爽快感には代え難い。

春の風をいっぱいに浴びて、僕は愉楽の中を通って来た。


 このドックで、知り合いの技術者が何人かできた。エアスクーターの調子が悪いときなどは、その技術者たちが補修してくれる。時には改造を手伝ってくれたりもする。通いつめて、顔なじみなのだ。

 「ようボウズ。一学期の初めのテストはどうだった?」

 「物理の『時間(ウラ)の(シ)遅れ(マこ)理論(うか)』だけ満点だった。」

 「いまどきは中学で、アインシュタインくらいか。」


宇宙船を見上げると、チタニウムの合金の碧い錆が葉桜の新緑とダブり、印象派の点描となる。日の光が眩(まばゆ)く差し、グラデーションを映し出す。心が空に座れて?しまいそうなほどに、宇宙船は輝いている。


 宇宙船の中から宇宙飛行士が現れた。よく目を凝らすと、それは老人になった『あの人』だった。

僕は遠くから、彼を見上げるだけだった。

あまたに輝く星々に磨かれ、身を削り、星々の放つ放射能・宇宙線を浴び続けてきた彼。


いつの日か、宇宙線・放射能に塗れた?彼の右手に肩をたたかれたいと、熱望した。


その人はシェルターを開け、タラップを降りてきた。宇宙船の中で酔って暴れた彼が、宿酔いの頭で呼びかけてくる。

「この田舎ボウズ。」

ニヤリと笑う。


瞬きと共に、星々の光を吸収してきた瞳は白濁し雪の結晶のようだった。そして太陽のように潤んだ。

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