【書籍化7/25角川文庫より発売!】『蜂蜜記者と珈琲騎士 ブリンディル王国事件録』前日譚

綾束 乙@8/18『期待外れ聖女』発売

新人記者ミレニエ・ルーフェルの日常

~作者より~

 こちらは7月25日に角川文庫様より発売の書き下ろし新作『蜂蜜記者と珈琲騎士 ブリンディル王国事件録』の前日譚です~!


 本編の少し前のヒロイン・ミレニエ視点とヒーロー・カイル視点、そして本編の八か月ほどまえのミレニエ視点と3本のSSを更新いたします!


 よろしければ、ぜひぜひ書籍のほうもお手に取っていただけましたら嬉しいです~!(深々)



   ◇   ◇   ◇



「おいっ、ルーフェル! 挿絵さしえはどうなってる!? 締め切りまでもう間がないんだぞ!」


「大丈夫です。すでに描き上げています。あとは最終確認をしていただければ、編集長に提出できます」


 高圧的に声を上げた先輩記者に、ゴーディン新聞社に入社してはまだ半年の新人記者であるミレニエは、冷静に応じて描き上げていた挿絵を差し出した。


 乱暴な口調程度で言い返していては、とてもではないか男ばかりの編集部の中でやっていけない。


 挿絵を受け取った先輩記者があら探しをするかのようにじっと見つめる。が、指摘できるような粗はなかったらしい。


 はんっ、と鼻を鳴らした先輩記者が口のを吊り上げて嘲笑う。


「なかなかの出来だな。ろくに取材も行かずに暇を持て余している分、じっくり描く時間があるようだな」


「っ!」


 あからさまな嫌みに、ミレニエは反射的に言い返しそうになった衝動を唇を噛みしめてこらえる。


 ミレニエだって、好きで暇にしているわけではない。


『貴族のお嬢さんが新聞記者になりたいだなんて、なんの冗談だよ。どうせ暇潰しのお遊びだろ』


『ただでさえ忙しいのにお嬢さんのお遊びなんかにつきあってられるかよ』


『女の記者なんて取材に同行させたら、相手に笑われるぜ』


『記者として雇われたのも、どうせ貴族のコネを使ったか、社長をたらし込んだんだろ』


 ミレニエがどんなに記者として一人前になりたいと願い、努力していても、周りの同僚達は『女だから』という理由だけで、お遊びだと決めつける。


 だからミレニエに与えられる仕事は絵が得意であることを買われて挿絵を描くことか、どうしても同僚達の手が埋まっている時に、紙面の穴を埋めるための小さな記事を書くことだけだ。


 自分の能力を買ってもらえることは嬉しい。挿絵のためとはいえ、取材に少しだけ同行させてもらえることも。


 だが、ミレニエがなりたいのは挿絵画家ではなく、新聞記者だ。


 自分の力で取材を進め、得た知見や真実を広く人々に伝えたい。


 それが、新聞記者としての責務でもあると思っている。


 だが……。


「挿絵はこれでいい。編集長に提出しておく」


「……わかりました。お願いします」


 唇を噛みしめたミレニエのことなど一顧いっこだにせず、一方的に言い置いた先輩記者が奥の卓に座る編集長のローレンのもとに挿絵を持っていく。


 どうせ見てもいないだろうが、その背に軽く一礼したミレニエは、ため息をつきながら自席に座る。


 机の上に置かれた校正紙の回覧を見た途端、我知らずさらに深いため息がこぼれた。


 校正紙の第一面には、『マルラード王国のラナジュリア王女が来訪予定! 王太子殿下までもが陥落されてしまうのか!? ワガママ王女と評される王女の真実の姿に迫る!』と刺激的な見出しが印刷されている。


 マルラード王国というのは、ここブリンディル王国の南に位置する国だ。


 ブリンディル王国の王太子・レルディールは二十四歳の見目麗しい青年だが、いまだに婚約者が決まっていない。


 隣国であるにもかかわらず、マルラード王国の第一王女・ラナジュリアが、ミレニエが働くゴーディン新聞の一面を飾ることが多いのは、ラナジュリアが有力な婚約者候補のひとりだからだ。


 庶民達も誰がレルディールの婚約者の座を、ひいては次期王妃の座を射止めるのか興味津々らしく、おかげでラナジュリアについての記事を載せた号はいつも売り上げがいい。


 だが、ゴーディン新聞社が報じる内容は、ラナジュリアへの敬意など欠片もない、真偽も定かでない悪評ばかりだ。


 社長であるダニエルの方針が『真実を報じるよりも、売り上げがあることが正義だ』なのだから、それも当然だろう。


 庶民とっては、雲の上の王族達への賛辞よりも、人目をはばかるような行状をおもしろおかしく書いているほうが興味を引く内容なのだ。


 だが、ミレニエ自身は社の方針に全面的に反対だ。


 識字率が上がり、印刷技術が発達して庶民も手軽に読み物を手に取るようになって、大手だけでなくさまざまな中小新聞社からも週刊などで新聞が発行されるようになった。


 新聞が売れなければ経営が立ち行かなくなる以上、売り上げを伸ばすのは必須だが、だからといって、真実かどうかもわからない誰かをおとしめるような記事を書いていいはずがない。


 だが、入社してまだ半年の上に、同僚達から記者だとさえ認めてもらっていないミレニエがいくら理想を語ったとしても、誰ひとりとして同意してくれないだろう。


 逆に、『世間知らずのお嬢さんがまたおかしなことを言い出したぞ』『これだから甘やかされて育ってきたお貴族様は。そんな甘い考えで世間を渡っていけるワケがないだろ』と嘲弄ちょうろうされるに違いない。


 悔しいことこの上ないが、いまのミレニエの立場では、何を言っても、聞く耳すら持ってもらえないだろう。


(そのために、私も一面を飾れるような記事を書かなきゃ……っ!)


 校正のための鉛筆を握りしめ、ミレニエは決意を新たにする。


 隣国の王女ラナジュリア。彼女については個人的に興味があり、これまで細々と調査を進めてきた。


 なかなか他国に出ることがない王女がブリンディル王国に来るなんて、これは一世一代の好機だ。


 何としても、この好機を掴み取らなくては。


 ――ミレニエが望む未来のためにも。


「おい、ルーフェル。書評担当のマーティン氏から原稿は受け取って来てるんだろうな?」


「はいっ、すぐに提出します!」


 編集長のローレンに声をかけられ、思考の海に沈みかけていたミレニエは我に返ってあわてて立ち上がる。


 挿絵ばかりでほとんど記事を書かせてもらえないのは悔しいが、ふてくされている暇なんてない。


 そんな暇があるのなら、目標に向かってほんの一歩でも進んでいかなくては。


「編集長、こちらが書評の原稿です!」


 気合いを込め、ミレニエは勢いよく椅子から立ち上がった。


                                 おわり



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