男たちの血傷

 メインイベント。

 シンデレラは目の前にいる男を見ていた。

 あの細い男だ。

 服を着ていたから分からなかったものの、現在の上半身裸状態だと筋肉がわかる。

 細い。

 細いがかなりの筋肉量だ。

 シンデレラはその筋肉を見た時、子供の頃に見たある演劇団の男を思い出した。

 演劇団はダンスをするものだった。

 柔軟性があり、重力を無視して動くさまは見入ったものだ。

 男性だったダンサーの体だ。 

 しなやかで、華奢で。

 へえ、名前はツバサとか。

 いつの間にかゴングが鳴った。

 

 二人は見合っていた。

 静かだ。

 観客たちの息遣いすら聞こえるほどの静寂は、心臓の鼓動すら聞こえそうだった。

 シンデレラとツバサは同時に仕掛けた。

 脚。

 お互いハイキックを繰り出す。

 じんじんとした痛みが走った。

 お互いの蹴りを受け、そして出していく。

 シンデレラが打撃を入れようとしたが、ツバサは躱しハイキックを出した。

 シンデレラの恐るべき反射神経で躱す。

 歓声が聞こえる。

 距離。

 見合う。

 ツバサが立ち上がり、打撃の構えを取る。

 来いよ。

 ツバサが手を向けた。

 シンデレラも同じ構え。

 静かに。

 静かに。

 ツバサの拳が向かう。

 シンデレラも同じように拳を向けた。

 打撃のラッシュ。

 ツバサの拳がシンデレラの下腹部に入った。

 「ぅ……」

 シンデレラはあまりの衝撃に声を失った。

 膝を落としてしまう。

 強い。

 なんだ、この強さ。

 ツバサは静かにいるだけだ。

 攻撃するでもない。

 ただ見ている。

 攻撃チャンスなのにだ。

 「お前……」

 シンデレラが立ち上がる。

 びゅん、と蹴りが胸板に入った。

 みるみるうちにシンデレラの戦意が喪失していく。

 戦わないと……。

 ダメだ。

 戦わないと……。

 シンデレラは己を奮い立たせた。

 その時だ。

 シンデレラの中で何かが蠢いた。

 あいつを倒す。

 痛みが消えていき、殺意が芽生えた。

 ツバサの瞳が驚く。

 握りすぎた拳から、血液が流れた。

 最早人間が出せぬスピードでシンデレラはかけると、ツバサの体を軽々と持ち金網にぶん投げた。

 金網が壊れ、観客たちの所に飛んでいく。

 あまりの音にシンデレラは何事か分からなかった。

 俺、今一体何をした?

 ツバサが倒れこんでいる。

 正気に戻ったシンデレラは、ツバサに駆け寄った。

 「ツバサさん‼」

 シンデレラが見ると、ツバサは意識を失っている。

 「ツバサさん‼」

 「ん、う……ん?」

 ツバサは目を開けた。

 「ツバサさん、あの……」

 「あ、ああ。俺が負けたのか」

 どこか間延びした声。

 「強いな、あんた」

 「いや、その前に……」

 「あ、ああ……」

 ツバサは痛みで顔を顰めながら起きた。

 ケイレブ王子が駆け寄る。

 「ツバサさん、今すぐ救護のものを」

 「え、大丈夫ですが」

 「今は大丈夫でも、この後どうなるか分からないので」

 「あ、はあ……」

 「肩貸します」

 「あ、はい」

 ツバサがシンデレラの肩を借りた。

 

 シンデレラは申し訳なさと、自分が無礼をしてしまった恥ずかしさで落ち込んでいた。

 「あの~」

 ツバサが頭に包帯を巻いている。

 「その戻っていいですよ」

 「ですが……」

 「いやあ、まあ、あれは戦いの中でのことですし」

 「……」

 ケイレブ王子は大広間に戻ってしまった。

 ツバサを調べると、怪我は無く打撲程度であること。

 脳内出血は無いことだったが、それでもシンデレラは心配だった。

 

 あの時、俺は我を忘れていた。

 

 そう体の中に潜む獣が現れたように。

 

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