現実

 ノアの遺体を目の前にすると、どんどん脳内が冷えていくのが分かった。

 涙が出る、大声で泣くという行為すら忘れてしまい、ただただノアの遺体を見ていた。

 今にも動くんじゃないか?

 嘘だよな。だってあんなに話したじゃないか。

 やっと分かり合えたじゃないか……。

 眠っているように見えるノア。

 「ノア……」

 シンデレラが溜まらず、ノアに駆け寄り頬に手を寄せるがその温度は冷たい。

 「ノア……なんで……?」

 ノアから返事は返ってこない。

 「ノア……なんで?」

 シンデレラが大粒の涙を流していく。

 誰もシンデレラに対して言葉をかけられなかった。

 「ノア……お願い……目を開けてくれよ」

 「シンデレラ」

 忠勝がそっと手を肩においた。

 「なんで……?」

 「……」

 どんな言葉をかけたらいいか分からない。 

 「ノア……」

 シンデレラは嗚咽を漏らした。

 「……シンデレラ殿、こちらへ」

 ギュネスがシンデレラをその場から離した。

 

 忠勝、ギュネス、シンデレラがいなくなった場所は恐ろしいほど冷えていた。

 「……辛いものだな……」

 ノーラがぼそりとつぶやいた。

 「……若いころの死はかなり響く……」

 リトがまるでシンデレラを慰めるように言った。

 「明日だよな? 葬式は」

 「ああ」

 リトが周囲を確認するとノーラ、そして棒術師範のレムに伝えた。

 「……オウマ様は来るのか……?」

 「……」

 「……」

 ノーラとレムは苦々しい顔になった。

 「聞いていないが……あの方は来るのだろうか?」

 「……」

 ノアに対するオウマの接し方はよくわかっている。

 オウマはノアを愛していない。

 ただ、跡継ぎのためだけに作った子供。

 ノアの母親は出産の際に亡くなってしまった。

 だが、オウマはそんな時も眉一つ動かさずにいたという。

 ただ自分の血を継ぐものだけが欲しい。

 しかしだった。

 確かにノアには格闘技としての才能はあった。

 それは一般的に比べてだ。

 オウマ以上の才能は無く、ノアは更に自分を責めていた。

 「……誰か聞いていないのか?」

 「……」

 「……」

 レムの問いにノーラとリトは首を振った。

 「あの方は……ノアを愛していないだろう」

 リトの言葉が更に冷えた温度を誘う。

 「……俺たちで式をしっかりとやろう。それがノアへの弔いだ」

 レムの悲し気な言葉は沈殿していく。


 「すみません……俺……」

 「いいんだ、シンデレラ」

 ギュネスが優しく背中をさすった。

 「あの……葬式はいつでしょうか?」

 「……明日になるかもな。道場生たちと俺らで出る予定だ」

 「……そうか……」

 シンデレラは少し押し黙った。

 「お父様は?」

 その言葉を出すと、忠勝とギュネスの顔が強張った。

 「あの人は?」

 「……分からない。多分出ない」

 「……」

 シンデレラは何も言わずにそのまま「そうか」と答えた。

 忠勝の胸中に複雑なものがこみ上げる。

 

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