湖の密会

 カルディア湖に行くと、静けさが支配していた。

 今日は誰も来ていないのか、ひっそりとしており不気味だった。

 「ノア?」

 洞窟に行くと人影が見えた。

 「ノア」

 「……」

 のっそりとノアが振り向く。

 その目は涙を流していたのか真っ赤に腫れていた。

 ノアは不愉快そうに鼻を鳴らすと「なんだよ」とぶっきらぼうに言い放った。

 「……」

 「俺のこと嫌いなんだろ」

 「……」

 「みんなも俺のこと嫌いなんだし、どうせ行ったって誰も来ないだろうが」

 「……」

 「どっか行けよ。笑いたきゃ笑え」

 「……」

 シンデレラは何も答えられなかった。

 いざ目の前にすると、うまい言葉が見つからない。

 こんな時、自分の不器用さが嫌になってしまう。

 「ノア」

 「……」

 大人のネーバなのかノアは口答えしない。

 「その……本家に行ってノアの居場所聞いてきたんだ」

 「な⁉」

 本家という単語を聞いたノアは分かりやすく狼狽え始めた。

 まさか本家に行ったとは思ってもみなかったのだろう。

 本家に行くことはイコール自分の失態を知られてしまうことになるのだから。

 「……なんで」

 「……」

 「なんで行ったんだよ」

 「心配だったから……」

 シンデレラは消え入るような声で言った。

 「……」

 「……」

 気まずい沈黙。

 「ノア」

 「なんだ」

 「ノアはなんでいつもああして怒っているんだ?」

 「なんだ?」

 「ああして強がっているのか?」

 「な……」

 「いつもああやって威張ったり、強がっていたりするのは……その……」

 「うるせえ‼」

 ノアが激高した。

 「わかったような口をきくな‼」

 ノアがシンデレラの胸倉をつかんだ。

 「ノア‼」

 ネーバが止めようとしたが、シンデレラが手で制した。

 「お前に何がわかる⁉」

 「……」

 「生まれた時から才能が無い‼ 欠陥品‼ 出来損ないと言われた気持ちが‼」

 「……」

 「お前みたいな能天気なやつが頓珍漢なことを言うとむかつくんだよ‼ ヘラヘラ笑っていて、それでくだらない言葉で慰めてきやがって‼」

 「……」

 「てめえもこうして馬鹿にしにきたんだろうが‼」

 「違う……」

 「何が⁉ 弱いくせに‼ 俺よりも出来ない癖によ‼」

 「ノア殿‼」

 その声は威圧感を出すものだった。

 圧倒的な質量を伴い、厳然としたもの。

 「ギュネスさん……⁉ 忠勝さんも‼」

 そこにはギュネスと忠勝がいた。

 「なんで、なんでてめえらがいるんだよ‼」

 「ノア」

 忠勝が二人の間に入った。

 「その手を放せ」

 「うるせえ‼」

 「無関係のシンデレラにしても意味は無いんだ‼」

 そういうと、忠勝は無理やりノアの手を引き離した。

 「ノア」

 「うるせえ‼ 関係ないだろう‼」

 ノアが睨みつけると、忠勝は思い切りノアの頬を張った。

 乾いた音が響く。

 「てめえ……」

 「ノア‼」

 忠勝が鋭い目でノアを見た。

 「そんなことをして何が変わる⁉ シンデレラに対して八つ当たりして、己の弱さに向き合わず‼」

 「なんだと⁉」

 「そうしてめそめそとして、結局そんな自分が居心地いいから、こうして慰めているだけだろう‼」

 「いい加減にしろ‼ お前に何がわかるんだ‼」

 「そうして逃げているのは、お前のほうだろうが‼」

 シンデレラは止めようとしたが、二人のあまりにも鬼気迫る様子に止めることが出来ない。

 「こうしてグチグチとやって、自分を卑下することで慰めているお前が何かを言う資格はないだろうが‼」

 忠勝とノアは、最早殴り合い寸前までになっていった。

 「ノア、忠勝さん」

 シンデレラの声に二人が黙った。

 「ノア。お前の苦しさに気づかずにすまない……。でも……今は殴り合いしても何も変わらないんだ」

 「……」

 「……」

 ノアと忠勝は睨みあう。

 「ノア……簡単に気持ちがわかるとか、容易く慰めの言葉は言えないし、多分……わかりあえないかもしれない」

 「……」

 「でも……でも……」

 シンデレラは言葉に詰まった。

 「でも……ノアは強いし……一回……その……先生と話したらどうだ?」

 「な……」

 「そのほうがいいんじゃないか?」 

 「あの老いぼれに……? ふざけるなよ」

 「……」

 「あの老いぼれは俺なんぞどうでもいい存在だ。ただ男だったから。ただ血のつながりが濃いだけの他人だ」

 「……」

 「ふん、くだらねえ。もう武闘会なんぞ、どうでもいい」

 ノアは吐き捨てるように言った。

 「二度と面を見せるなよ」

 ノアは出て行ってしまった。

 「ノア」 

 シンデレラが声をかけたが、その背中は遠くなっていく。

 

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