第5話 もうひとりのアホ息子と、危なっかしいこの命……って、ちょい待てや。 うちのガキども、なんでこんな時にまだ内輪揉めする気満々やねん!?

「秀信殿、なんでそんな提案をなさるんです?

新株を発行したら、私の持ち株も減りますやん。

弟妹らも絶対納得せぇへんと思いますけど?」


私の長男・秀德が、不思議そうな顔で宇喜多家の当主――宇喜多秀信を見た。


俺もその秀信をじっと見たが、何も答えん。

ただ、眼鏡を外して胸ポケットから眼鏡拭きを取り出し、レンズを静かに拭きはじめた。そして――


「……ほんまに、私が何を言うてるか分からんのか、秀德殿」


「……え?」


「さっき秀信殿が受けた知らせやと……秀宗殿が、何やら動き始めたらしいべ」


秀信の隣に立っていた上杉秀景が、落ち着いた声で息子に告げた。

その声色、なんや芝居がかっとるようにも聞こえるやないか……。


(秀德……俺の息子よ、お前、まだ頭は付いとるようやな!

その調子で警戒続けぇ! 絶対に騙されんなよ! ……ん?)


(秀宗のヤツ……まさか外から助っ人呼び寄せとるんちゃうやろな!?)


……なんで俺の息子はこうも揃いも揃って……!!!

視界の端で、別の誰かが息子の顔をチラッと見た。

息子の表情はほぼ動いてへんかったが……眉だけはピクピク動きっぱなしやんけ!

おい息子! 顔面の管理ぐらいちゃんとせぇ!


「これで新株発行の理由は分かったやろ?

秀德殿、実際にやれと言うてるわけやない。

こっちにも損やしな、私も関東分社の株は少し持っとる。

これはあくまで秀宗殿と、あんたの妹はんの腹を探るためや」


「……なんでや?」


「秀宗殿は秀元殿と秀喜殿の支援を取り付けて、関東分社を独りで握ろうとしとるみたいや。

あいつは信用ならん……せやけど、あんたは――」


俺は上杉秀景がわざとらしく真面目な顔を作り、口の端に薄く笑みを浮かべたのを見た。

そのまま息子の肩を軽く叩く。

……今、秀信とアイコンタクトを取ったのを俺ははっきりと見て取った。


「私はあんたを買うとるで、秀德殿。

ほれ、あとは秀信殿に任せるさ。

ちぃと用があってな……」」


そう言って、秀景は微笑みながら背を向けた。

おいおいおい、怪しさ全開やないかコレ!

絶対どっかに連絡入れる気やろ!?

能力、もっとレベルアップせぇへんのか!?

せめて秀景の野郎が何してんのか見えるくらいにはな!


「……ほな、秀信殿。秀宗以外に、うち、何を探ったらええんや?」


「その質問が出るあたり、やっぱりあんたやな。

私と秀景殿一緒に、あんたを見込んどるんや。

妹はんと秀宗殿の明確な動きを探ってほしいんや。

関東分社の取締役の何人かがな……妹はんが医者を探しとると、こっそり耳打ちしてきよったんや」


(姫様の件はもう終わった……これで事実じゃ。私は嘘は言うとらんのや)


……ん? 姫様って……まさか前のあのメスザルと娘の会話のことか!?

そのとき、宇喜多秀信が口元にニヤリと笑みを浮かべ、息子は目ぇ細めてそいつを睨みつけた。

せや息子! 中計すんなや、冷静保て!

ん〜……まぁ、今回はちぃとはマシやな? 表情管理できとるやんか……おぉ、これはSSR引いたんか?

……っておいおいおい! 足ガタガタ揺らすなや! 芝居は最後までちゃんとやらんかい!


(弟妹たち……何を企んどるんや……医者? 命延ばすつもりか……? まさか!?)


「秀信殿……私の妹らが医者探してるって……何するつもりなんや?」


息子の声は相対的に落ち着いとる。

やっぱり秀宗よりマシやな。あの短気バカより、秀德のほうが頼りになるかもしれん。

これで俺の豪華ライフも秀德に守ってもらえる――か?


「まだ確証はあらへんけんどな、秀昭殿の体調を考えたら、二つ考えられるんじゃ。

 一つは、あんたの妹はんと秀宗殿が、有力な後ろ盾

──例えば秀元殿や──を見つけてな、医者に頼んで秀昭殿に後見開始の宣告を受ける

 ほんで『社長は職務を遂行できん』っちゅう理由で、取締役会に社長の改選を掛ける気じゃろ。

私の知っとる限り、妹はんはほぼ過半数の理事を動かせる力がある。秀宗殿が反対せんかったら……」


「……ちょっと待てや。

秀景殿はさっき、秀宗が単独で握ろうとしてる言うたやん。なんで妹に?」


息子は、わずかに疑念と不信の色を帯びた口調で、宇喜多秀信の言葉を遮った。 よっしゃ、その調子や息子!警戒を解くな!


「秀德殿…秀景が何で席を外したんか、知らんのやろうなぁ?」


「……あ?」


「秀景もな、この件は確認しときたい言うとったわ。あの秀宗が理事会に受け入れられるとは思えん。

むしろあんたの妹さんのほうが人望あるし……あるいは秀元の撒いた煙幕かもしれん。

せやけど、ワシと秀景の見立ては一緒や。――あんたは見込みがある。」


「……ほんで、もう一つの可能性っちゅうんは?」


(……なるほどな、さっき秀景殿があんな急いで出て行ったんは。

ほな……よう考えたら、前にうちの妹が理事の関係者と話しとったん、見たことあるわ……)


息子ォ!! もっとしっかりせぇや!! そない簡単に引きずられてどないすんねん!!


「二つ目のほうが可能性は高いわな。前のはあんたが反対すれば長引くし、あいつらは速戦即決を望んどるはずや。せやから選ばんやろ。

うちの見立てやと、妹さんが医者探しとるんは、秀昭殿の命を何とか延ばそういう魂胆かもしれん。

秀昭殿が生きとる限り、あんたら三人の均衡は保たれるし、妹さんはむしろ優位に立てる。

しかも妹さんと取締役会との関係を考えたら、あんたが会社の決定に影響を及ぼすんは正直難しいやろ。

それにな、秀昭殿の近くにおる者から聞いとるんやけど……遺言はあんたに有利らしいわ。

せやから妹さんも秀宗殿も、秀昭殿を死なせる動機はない――理由は分かっとるやろ?」


(中身なんぞ知らんけどな……あんたが欲しがっとるもんぐらい、私は分かっとる。うちが口にすりゃ信じるやろ? ほんなら、真偽なんかどうでもええんや)


……冷静な目で俺の息子を見つめる宇喜多家の当主。

おいおい! これ、息子に「俺を殺せ」って匂わせてへんか!?

俺、転生する前の足利秀昭、いったい豊臣の猿どもにどんな恨まれるようなことしたんや!?

まぁ、うちの息子は俺のことを金のなる木ぐらいにしか思ってへんけど……さすがに殺すまでは……ん?


(……遺言、俺に有利なんか?

ほなおやじの株、いっちゃん多く取れるんちゃうんか!?

……待てや、落ち着け……もう一遍よう確認せなあかん)


今、ほんまにみんな俺を殺すつもりか!?

お前なぁ、その冷静さ、もっと他で使えんのか!?

なんで俺がこんなアホ息子持たなあかんねん!

足利秀昭、お前いったいどういう教育しとってんねん!?

人望ゼロで生きてきたんか!?

これ、完全に俺があいつのケツ拭かされに来ただけやろが!

ふざけんなや、ボケェ!


「秀信殿……本来、遺言の内容っちゅうんは非公開やろ……?

 本当に……誰があんたにそんなこと漏らしたんや?」


「非公開やっちゅうんは知っとろうが……なんでわざわざうちに聞きに来よんじゃ?

……まさか、秀昭が決めたことに口ぇ出すつもりじゃあるまいな?」


(――そもそも、そねんもん、ありゃせんけんどな)


(……まさか、この言い方……宇喜多家の当主、もう遺言の中身を見とるんやろか!?)


「……わかっとる。せやけどな、秀德殿、世の中には待ってくれん機会いうもんがあるんや。もっと自分のために動くことや。

全局を握るか、弟妹に排除されるか――すべては、あんたの決断ひとつやで。」


んんん??? お前今、俺の息子に何吹き込んどんねん!?

これ、利用して俺殺す気マンマンやんけ!!

あかんわ……この転生サービス、ほんまクソや!

クレームや! クレーム入れたるわ!!


「……分かりました。

秀信殿が望まはるんやったら……もう後戻りできん覚悟で、わてがやらせてもらいます。」


(……ふん、老いぼれがくたばったら、この勝負は俺のもんや。――簡単な話や)


「よう言うてくれたのぅ。

 これからの関東分社ぁ、あんたに任せるけぇな。

 ……残りも、よう忘れんといてくれや」


息子の顔に陰が差し、そのまま宇喜多秀信を見送る。

そして、その陰鬱な表情に狂気じみた笑みがゆっくりと浮かび、闇の中へ沈んでいった。


今、ほんまに全員が俺を殺そうとしとるんか!?

足利秀昭、お前どんだけ人間関係こじらせて生きてきたんや!?

これ、完全に俺があいつの尻拭いさせられとるやないか! アホらし〜!


……ん? なんや……急に画面が真っ暗……!?

ちょ、待て待て! なんで俺の能力が急に切れんねん!?

……はぁ!? なんやこれ……視点が変わっとる……!?

誰や、こいつ……って……上杉秀景!?


おおおお!? 俺の能力、初めて親戚以外に発動したやんけ!!!

これはテンション爆上がりのレベルアップやろ!

次は心まで操れるスキルとか付いてくれたら最高やな〜!

ん……? 秀景のヤツ、あんな早よ出て行って何するつもりや?


「当たり前や……今んとこは、あんたの思うとおりに進んどる。

まぁ……すべて計画どおりっちゅうこった」


「足利家の三人、さすがやな……疑い合うことに関しては、ほんまに信頼できるわ。

ん……これで兄上は、肩の荷が……まぁ、少しは下りるんとちゃうか」


この声……! 秀景のヤツ、あのメスサルとなんや打ち合わせでもしとるんちゃうか!?

うわ……この感じ、なんやもうすぐ死にさらされそうな気ぃしてしゃあないやん……!

丸いツラに無精髭生やして、口元ニヤつかせながら車窓の外を眺めとるやん。

眉毛ピクリと上がって――いやいやいや! 

なんで俺、こいつらの「俺をどう殺すか会議」見せられなあかんねん!?


「ピアノ弾くちっこい妹は……ずっと桐文はんのこと想っとるんやろなぁ……

 それとも……ちゃうんだべか……?」


「……おっちゃん……これは、あんたの出る幕やあらしまへん。

 それに……決して、許されることやないえ……」


「みんな知っとることやのに、いまさら隠す意味あるんかい?

……ま、ええわ。それはそれとして、関東分社の件はすぐケリつくべ」


何を隠しとんねん……? “みんな知っとる”て、いったい何のことや?

まさか……俺に関係あるんちゃうやろな!?

……おいおい、メスサルの声、急に作ったみたいに甘なっとるやんけ。

桐文とかいうん、誰やねん!?


「そらそうや。

秀昭のヤツが黙っとったら、何もかも思いのままやろ。

今いちばんええ形は、秀昭が死ぬことや。

あの役立たずの三人衆は、勝手にいがみ合うんやろしな。

……ほんま、楽なもんどすなぁ。」


電話の向こうで、あのメスサルがゾッとするような笑い声を洩らした。

……前に娘とあいつが話しとったこと、思い出してもうたけど……

これ、やっぱり全部、俺に繋がっとるんか!?

もし俺が口きけたら……?

……あほか、そんなワケあらへんやろ!

今の俺、しゃべることすらできんのや!!!

メスサルは一拍置いて、また言葉を続けよった。


「もうひとつのケースは……秀昭が死なんと、後見に付けられる場合どす。

取締役らにはすでに根回し済みで、条件も飲ませてありますえ。

せやけど――あの二枚舌どもは、遅かれ早かれ切り捨てることになりますやろ。

自分らが分社の運営にいつまでも関われると思うてはるなんて……お笑いやわ。

最初は秀昭と手を組んでおきながら、今じゃ平気で反旗翻す。

ほんま……滑稽な話どすな。」


……まさか足利秀昭、転生前にエグい手使うて分社奪ったんちゃうやろな!?

俺、えらい泥沼に落ちてもたやん……

他の奴は転生して悠々自適やのに、なんで俺だけ会社内紛に巻き込まれとんねん……

帰れたら絶対あの転生受付にクレーム入れたるわ!!!


「三つ目の筋は……秀昭は死なんと、その子ら三人が互いに潰し合う場合どす。

どない転んでも、関東分社の帰属が変わることはあらしまへん。」


「もうええ、この辺で任せときんさい。

あんたも、これ以上無理すんなや。

この件、ようけ背負いすぎとるべ。

残りはわしらに任せぇ……姫樣。」


「……おっちゃん、なんで急に、うちのこと『姫様』なんて呼ばはったんどす?

兄上方に必要とされることやったら……やりますえ。

ずっとそうしてきたし……それがうちの価値やさかい。」


「……ちっこい妹はん、そない全部ひとりで背負わんでもええ。

 今のあんたの立場は、豊臣宗家にちゃんと認められとる証やろべ。

 肩の力、ちぃと抜きや。」


「……」


「今回は、うちの言うこと聞いとき。

ちゃんと休みや。秀光がな、あんた最近ずっと遅うまで働いとる言うてたべ。

……無理して倒れたら元も子もあらへんのやで。」


「……!? 兄上が……」


「ほんなら、これで終いやべ。

あんま考えすぎんで、よう休みんしょ。」


(……もう何も考えんでええ。

この茶番もようやく終わる……

まあ、秀昭が生き延びる見込みはほとんどあらへんけんどな……

余計な長引きは勘弁してほしいもんや)


……って、これ今まさに俺が殺される流れやんけ!!!

誰かこの死亡フラグ折る方法ないんか!?

豪華な生活なんて後回しや! とにかく生き残らせろや!!!


ん……? また画面が真っ暗……

あかん……息が……苦しい……って、早すぎるやろコレ!!!

おいおい……なんか体が浮いとる……? 画面……また映った?


……なんや!? また画面が真っ暗になっとる……!

はぁ、はぁ……息が詰まる……まさか、もう終いやなんて言わんやろな!?

はっ!? 体がふわっと浮いとる感じや……!? おいおい、勘弁してくれや……!

……あ、画面が戻った……今度は何見せられんねん……

病室のベッドの前で、三人が口論しとるやんけ……!?

頼むわ……これ以上、事態が悪化せんといてや……!

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[中篇]財閥の社長に転生して社会の頂点へ!地位も権力も手に入れて、贅沢な生活を満喫……できる、はずだった? アレクシオス˙コムネノス @x2280114

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