第23話「2番目の子」

「ルア、今日もおはよう。」


 列車が止まり、建物の庭に降りる。正面の大きな扉をノックして開けると、いつものようにリラ様が出迎えてくださっていた。私はリラ様の教育係として、毎日お部屋にご挨拶に行くことが日課だった。私の位置情報は常にリラ様に共有されるので、私が向かっているのに気が付かれると、いつも玄関で出迎えてくださる。扉を開けると、今日もリラ様が待っていらした。


「おはようございます。今日の花も綺麗にに咲いていますね。」

「ルアに見てもらいたくて、最近毎朝早起きしてるんだ!」


 リラ様はお花が好きで、玄関にはご自分で育てられた沢山の花が飾られている。いつも花々の良い香りが飛び込んでくる。


 私は植物には詳しくないけれど、ここには珍しい花がいくつもある。この国にはどこも花があまり咲いていない。外の環境では育たないせいなのか、皇帝陛下が花を嫌われているのかはわからない。でもこの国で一番花が綺麗に咲いているのはこの場所だと思う。他の人たちも見れば驚くと思うけれど、この場所には陛下とリラ様、そして私しか入れない。私たちだけが知る小さい花園になっている。


「他の人たちにも是非見て頂きたいですね。陛下にはお見せしましたか?」

「お母さんには見せてないんだ。お母さん最近ずっとお忙しそうだから…。」


 リラ様の表情がしゅんと暗くなる。何となく感じてはいたが、やはり今はお二人の関係はあまり良くない様子だった。

 昔は陛下とリラ様はもっと親しくされていたと思う。1年程前からあまりお二人が関わられていない様子なのは感じていた。確かに、陛下はその頃から何かを気になさって、お一人でいる時が増えたとは思う。やはりそうだったのだろう。

 こんなに素晴らしい花ならば、陛下にお見せできれば喜んで頂けると思うのに。 


「入って。ケーキも焼いてみたんだけど、初めてだから上手くできたかどうか⋯。」


 リラ様は手に持っていた散水器を置き、更に奥の部屋に入っていった。私も奥の部屋へとついて行く。ふと振り向いて、花畑をもう一度見る。花弁についた水が天窓から差し込む日光に照らされ、輝いている。まるで部屋に咲く様々な花が1つの大きな花のようだ。この部屋の美しさに、リラ様の心が表されていると思った。

 

 そうだからこそ、私はリラ様の健気で、小さい背中を見ながら、やはりリラ様はこの国の皇帝にはなれないのだろうと、また思ってしまった。


 奥に進むと大きな開けた部屋があり、この部屋から食堂や寝室等の部屋に繋がっている。とても見通しが良い大きな窓があり、そこから眼下の首都の街並みや青空が一望できるようになっていて、この部屋を作られた方、陛下の思い入れを感じる。

 帝国の建物はどこも徹底的な管理のしやすさのために画一化を最優先されていて、機械的で、細かい装飾が少ない。その中でこの部屋は昔の写真の景色のような、温かくて面白い建物になっている。何故この場所だけが古風で違う造りになっているのかはわからない。


 椅子に座り、部屋を見渡しながら待っていると、リラ様がケーキとお茶を持っていらした。


「最近ケーキ作りに挑戦し始めたんだ。良かったら食べてみて。」


小さいが良くできているケーキだけど、一部が少し崩れている。何度か苦戦した跡が見える。


「すごいですね。それでは頂きます。」


一口食べると、気になる所はあったが全体としては美味しかった。専属の料理人が作る整えられた料理よりも、私はこのような家庭的な料理も好きだった。この料理にもリラ様が持つ優しさが表れていた。


「私もお茶飲もうっと。」


リラ様もご自分の食器を持ってこられ、私たちはお菓子とお茶を楽しんだ。


 しばらく話していると、15時の放送が鳴った。


「皇帝府労働局より時報です。15時になりました。以降の業務も生産計画を守り、勤勉に行いましょう。偉大なる皇帝陛下と帝国のために。」

  

 私は時報の声ではっとした。ここに来た重要な目的の1つを思い出した。言い出しにくいが、陛下からリラ様に預かっているお話をお伝えしなければならない。


「リラ様、勉学のご成績と、式典準備のお話なんですけれど⋯。」


 勉学と式典の話題をすると、先程まで笑っていたリラ様がの笑顔がまた固くなった。この話をするのは心苦しいが、私がお伝えしなければならない。


「勉学の方は、規定水準まで及第になるまで遅過ぎるとのことで、今後はもっと早く計画を進めるようにとのことです。それよりも問題は式典の方で、式典ではリラ様にも次期皇帝として宣言をして頂くので、こちらも準備せよとのことです。」


 正直に言って、リラ様は陛下とは全く似ていなかった。外見、明らかにこの国の者の特徴とは違う、茶色の髪の色。だけではなく、もっと重要なもの、為政者としての信念を持っていないことは、実際のリラ様を知るものであれば誰もがそう感じていたと思う。そしてその信念の違いを生み出している象徴なのかどうかは全てはわからないが、リラ様のお顔にはあれがなかった。

 

 ゼルシウムの契約を継ぐと言う、緑色の紋章がリラ様のお顔にはなかった。


 私は最高執政官になったときに、陛下からこのお話を聞かされたけれど、それでも詳しく聞いたと言う訳ではなかった。陛下が何故これ程までに強力に国を治められているのかについてお話したとき、ほんの少しだけ教えられた。この国を治めるにはゼルシウムの力が必要だと言うことについて。

 リラ様はまだその力が現れていないと言うことを、陛下は仰っていた。私はこの話についてはリラ様ご本人には黙っていた。このお話を聞いてからリラ様をよく観察すると、確かに言われた通り陛下にあるような、緑色の紋章はどこにも持っておられなかった。

 

「勉強の方はまだ頑張ろうって思えていたんだけど、お母さんのようにこの国を治めるなんて、リラ無理だよ…」

 

 私はいつも、リラ様のお気持ちを理解するように振る舞いつつ、陛下がリラ様について心配されていることについて少しずつ、そして否定できないくらいわかってきていた。

 小さい頃、初めて陛下とリラ様と出会ったときから、リラ様は陛下にはない独特な感性さや繊細さがあった。運動や勉学は全くできなくても、植物の性質には何故か異常に詳しかったり、初めて育てられる花のはずなのに完全に上手く育てられたりと、何か唯一の特徴を持っておられた。

 当時の私は、それは小さな個性に過ぎないとしか思っていなかった。成長すれば、陛下のような統治者としての適性を発揮されるのだと思っていたし、そう言う教育だった。

 でも次第にもう隠せない、疑わずにはいられない程に、リラ様は陛下のようにはなっていかなかった。

 そして最も特徴的な、髪の毛の色が陛下と違うと言う点でも、ある時から私は1つの疑念を抑えてきていた。


 リラ様は本当に皇帝陛下の娘なのだろうか?と言うことを…。


 私は表情を変えずに、悟られないようにリラ様にお伝えしなければならない。

「リラ様はお優しい方ですので、今はまだ未来が見えずに不安になられているだけです。まだ10歳ですから、成長のための時間は沢山ありますよ。勉学も努力されて結果に繋がっています。」

「…、そうなのかなぁ。そうだと良いんだけど⋯。」


 私は皇帝陛下が幼少の頃、どのような方だったのか、どのような能力があったのか、どのような過去を生きられたのかについては何も知らない。それは私には関係がないし、教えられていないし、一使用人である私が知ることはおこがましいこと。それはわかっていた。私はただこの国に仕える者として、自分にできることをやるだけ。理屈ではわかっているし、皇帝府の人たちやこの国の国民の人たちも皆そのはず。

 

 それでも陛下が時々口にされる、リラ様のお兄様とされている、今まで一度もお会いしたこともない方の存在。明らかに陛下とは異なるリラ様の成長。最近特に陛下に強く感じる何かの違和感。突然海の向こうの蛮族たちをこの国に招くと決定されたその目的。

 口が裂けてもこんな話は誰にもできないけれど、私はこれらの小さい異変が、何かこれからの、この国の大きな災いの予兆なのではと言う恐怖を抱き続けていた。考えないようにと意識すればする程、胸のざわめきが抑えられなくなっていった。


「記念式典まであと60日程しかありませんから、今は式典のご準備を最優先しましょう。私もより尽力致しましから、陛下のご期待に応えられるように一緒に頑張りましょう。」


こう伝えると、リラ様の目が少し明るくなった。


「ありがとう。ルアがいてくれるから頑張ってみようと思えるよ。」

「リラ様をお支えすることは当然のことです。」


 予定通り式典が行われるのだとしたら、国内だけでなく外の人間たちにもこの国とリラ様は見られることになる。それは人だけでなく、陛下に仕える私たちや、この国の歴史や信念も全世界に伝えられることになる。お仕えするものとして、失敗は絶対に許されない。計画は完全に遂行されなければならない。それが私に課せられた使命。


「私はリラ様と、皇帝陛下を信じています。だからリラ様も私と、陛下を信じてください。」


 私は皇帝府に入った時、この国やこの国の未来はどうでもよかった。私はただ、少しの大切な人たちと問題なく生きていければ、それで良かった。でも今は、私にしかできないことがある。私が持つ能力を活かすに十分に価値があること。私がリラ様をお守りしなければならない。


 リラ様は少し考えたようにうつむき、ゆっくり私の目と目を合わせられた。確かに髪の毛の色や性格は、陛下や普通の人たちとは異なっている。でもその真っ直ぐな、心を映すような瞳を見ていると、どこか陛下に似ている感じがした。

 

「わかった。ルアを信じるよ。」

「ありがとうございます。」


 この国の未来がどうなるのかは、私には全てはわからない。陛下ならわかるのかも知れない。でも未来がわからなくても、私にはするべきことがある。今はそれで良い。


 すると腕の通信機に連絡があった。開発部の友人の1人からだった。


「杖と方舟に進捗あり。」


 私が式典だけでなく、もう1つ任されている、重要な計画。

神の杖と方舟について―。

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