ようこそ、死場所を探すバスへ

満月 花

第1話




人生に苛立つ男がいた。

何もかもうまくいかない。

仕事も長続きしない。

憂さ晴らしのために享楽に明け暮れ借金を繰り返し、どうにもこうにも行かなくなった。

金がいる、それも大金が。


彼は考えた。

どうせ自分の人生なんてロクなもんじゃない。

なら、ここはドーンと花火一発。

このつまらない人生に、爪痕一つ残してやろうじゃないか。

捕まった所で牢屋だ、借金取りもこれやしない。


……大勢を巻き込む、派手な演出を。


ある日、獲物はないかと物色している時、町から離れた場所にひっそりと停まっている大型のバスがあった。


休憩時間か?そこそこの大きさ、人数、目隠しも申し分ない。


扉を開けて無理矢理バスに乗り込む


バスには老若男女様々な客がいる。


お前らは人質だ!命が惜しければ俺のいうことを聞け!逆らえば撃つ!


運転手に銃を突きつけながら脅す。


どうだ!高揚気味の気持ちのまま悪どい顔で客を見渡す。

しかし、客も運転手も思った反応と違う。

男と銃を交互にじっと見つめている、その顔には恐怖や焦りがない。

泣き出そうとする客もいない、むしろこの状況を受け止めようとしている覚悟のようなもの。


異様な静けさに包まれてた。


一人一人の顔を確かめながら、

さあどうやって身代金要求をしようか?

やはり運転手の無線で……と考えていた時。


客の一人が立ち上がる。

本当に殺してくれるんですか?

静かに男に近づいていくる客。

ざわめく乗客。


あっ、狡い、先に行くなんて……。


抵抗しようとしてるのか、闘おうと勇気を出したのか?

男はその行動と見せしめも含めて躊躇わず近づいて来た客を撃った。

至近距離で身体を撃たれた客は血を吹き出しながら倒れる。


ありがとうと微笑みながら。


周りの客は羨望に似たため息を吐きつつも、

事切れ安らかな表情を浮かべる客を丁寧に椅子に戻した。

汚れた顔を綺麗に拭いてやりながら「良かったわね」と呟く。


他の客が目配せし合いながら頷く。


他の客が立ち上がる、男に近づいてくる。

ねえ、私も撃って!ねえねえ……


意味がわからない!


爛々とした瞳で迫る客に男はその異様さに焦りが浮かぶ。


……ねえ、お兄さん、このバスはね、死に場所を探し求めているバスなんだよ。

と運転手が言った。


どうしたら気づかれずに迷惑かけずに逝く事が出来るか

探し続けているんだよ、もう何度もね。



は?意味がわからない、このバスの乗客全員が?

男はその言葉にキレた。


このバスじゃダメだ。一銭もならねえ。

男は悪態をついた。

ヤメダ、他を探す、今度こそ確実な獲物を探す。


降りようと取っ手を掴んで動かそうとする。

しかし扉が開かない。


開けろ!と怒鳴りつけるが、運転手は従わない。

男は銃を向ける。


運転手は男に微笑みかける。


私もこの人達と同類なんですよ。


運転手のアナウンスが始まる


長らくご乗車ありがとうございます。

このバスはやっとみなさまの目的地に向かう事ができます。


そしてバスは走り出した。


客達の歓喜の声と拍手が巻き起こる。

バス内は異様なテンションに包まれた。

笑う者、歌い出す者、踊り出そうとする者


こいつら狂ってやがる!

こんなイかれて浮かれだしてる乗客に巻き込まれてたまるか。

男は何とか扉を開けようとした。


無駄ですよ、私たちにとってあなたは救世主なのだから絶対に逃しませんよ。


彼らの真の思いは誰にも迷惑かけない、でも一人では怖いという気持ちだ。


なのにどうしても自分たちの望みを叶える手段が見つからない。


ゆえに男の自分の欲望のためなら躊躇いもなく

他人の命を奪えるという浅はかさが希望でもあり、

このまま逃したら他の輝かしい未来の命を奪いかねない、

という許されぬ行為を絶対に阻止しなければならないという思い。


乗客も逃してなるものか、と男を囲む。


男はついに恐怖のあまり悲鳴を上げた。


逃しませんよ。あなたは私達を被害者にしてくれる

大切な凶悪犯なんですから。


バスは車の間をうねるように走り抜け、スピードを上げる。

やがてガードレールを突き破り崖下転落した。


***


ニュースでは



バスが事故を起こして全員死亡。


犯人を止めようと立ち上がった乗客の勇気ある行動。

脅され、パニックになりながら必死にハンドルを握り続けた運転手。

最後まで戦った彼らの美談と犯人に向けての激しい憤りを吐きながら伝えていた。





※この作品はフィクションです。

物語に登場する心情や選択は創作のものであり、現実の行動を促す意図は一切ありません。

どうか誤解のないよう、よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ようこそ、死場所を探すバスへ 満月 花 @aoihanastory

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ