まだ記念日は終わらない【百合】

ReiN._Lily

まだ記念日は終わらない

「ねぇ、ちょっと入ってみない?」


 高校生にしては茶色い髪を風になびかせて笑う詩織。

 親から聞いたところ優等生のようで、私は彼女の髪を見るたびに不思議に思う。


「えー、やだよ。濡れちゃうよ」


 この暑い時期、詩織に同意する人が多いだろう、だけど私は海に入るのは避けたい。金槌にとって海に入るなんて自殺行為だ。


「ねぇ、膝までだけでもダメ?」

「いやだ、詩織1人で入りなよ」

「そっかぁ、1人で入ってもつまらないよ。澪ちゃんのせいで今年は海に入れなかったよ」


 少し意地悪な顔をしながら私を批判する。ただ本気ではないことくらい、短い付き合いの私でもわかる。


「それは残念だね」


 そう言いながら、私は聞き流す。


「今年の夏は今年だけだよ?それに来年はもうここにいない」


 詩織の指が私の頬に触れる。ただでさえ暑いのに、触られた部分が余計に熱を帯びる。私は暑さにやられたのだろうか。


「また来年こっちにきなよ」


 来れないことは分かっている。


「そうだね、それも良いかも」

「来年だったら一緒に海に入ってあげる」


 私は出来ない約束をしている。詩音は来ることができないことくらい私が一番分かっている。


「ねぇ、そろそろ夏休みが終わるね、ちゃんと宿題やった?」


 おどけた笑顔で詩織が聞いてきた。来年の話をしたくないのだろう。


「ずっと一緒にいたから分かるでしょ、あまりやってない」

「澪ちゃんって優等生みたいな見た目なのに意外だよね」

「詩織は逆だよね、非行少女っぽい」


 東京では髪を染めるのは普通なのだろうか、田舎者の私は分からない。


「そうでしょ、実は非行少女なんだ」

「嘘つき、優等生って聞いたよ」

「あ、知ってたんだ。実は真面目に学生してるよ」


 親から聞いたよ、と言いかけたが言葉を飲み込んだ。なんとなく言いたくなかった。声を発したいが言葉にできない私は砂浜に落ちていた白く濁ったガラス片をいじることしかできない。


「流石に夏休み中には終わるよね?」

「無理だよ、手伝ってよ」

「できる限りは手伝うけど、もう明後日には東京に戻っちゃうよ」


 知っている、私は悪あがきをしている。東京なんか戻らなければ良いのに。


「あ、流木。発見」


 詩織がビーチサンダルをパタパタさせながら、大きな流木を持ってきた。


「大きいね、この流木。字が書けそう」


 そう言いながら詩織が、落ちている石を使いながら器用に名前を書く。


―かざましおり・うんのみお―


 とても器用だ。


「はい、これプレゼント」

「え、プレゼント?」

「そう、海にきた記念品」


 突拍子のないプレゼントだ。短い付き合いの私には理解できない。いや、多分付き合いが長くても詩織の行動は理解出来ないだろう。


「学校でもそんな感じ?」

「え?どういうこと?」


 この様子だと普段からこんななのか。


「いいや、とりあえず貰っておくね」

「じゃあ100円ね」


 屈託のない笑顔だ。ただ名前を書いただけの流木にお金を取るなんて驚きだ。


「いや、いらないよ」

「しょうがないから、特別に無料であげるよ。記念日」


 そう言いながら詩織は砂で汚れた足を払う、私は苦笑いをしながらガラス片を捨て流木を受け取る。とても軽い、流木って軽いんだ。

 空がトキ色に染まる。もう親が夕飯を作っている時間だ。

 詩織と肩を並べながら、車が通れないような狭い道を歩く。


「ねぇ、その流木。大切にしてよ」

「どうしようかな」


 まだ詩織が帰るまで時間はある。


 (どこに流木を飾ろう)


 詩織が帰ってから流木を飾ろう。まだ記念日は続くから。

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