荷物の運び込みが一段落し、藤崎弓子は部屋の真ん中にある座椅子に座り込んだ。4月中に済ませるはずが、結局ゴールデンウィークまでかかってしまった。

 大学を卒業し、大手の保険会社に就職が決まった。不安と期待が入り交じりながら、会社の門を叩いたのが1か月ほど前だった。そして、このアパートに住み始めたのも、同じく1か月ほど前になる。

 このアパートを見つけたのは、3月の初旬だった。就業場所の土地勘は、弓子には全く無かった。「住所」と「1人暮らし」というキーワードだけでインターネットで検索した。母からは、セキュリティは大丈夫か、女性限定の物件か、治安は問題ないか等、色々と心配された。弓子は、大丈夫よ、と一言だけ伝えた。そんなことよりも、親と離れ、自由な生活ができることに、弓子は期待を抱いていた。

 弓子の住んでいるアパートは3階建てで、間取りが1K、築30年以上で木造。そして、最寄り駅から少し離れていた。しかし、その分家賃が低かった。住み心地を気にしない弓子にとっては、申し分なかった。

 アパートの造りは、各階が階段で繋がっており、またそれぞれの階には、部屋が5つずつあった。弓子は、2階の1番奥の部屋を選んだ。

 弓子は、このアパートに引っ越してきた初日に、隣の部屋に挨拶に行こうとした。簡単な菓子折りを持って、隣の部屋のインターホンを押した。しかし、中からの返事は無かった。よく見ると、表札が何かで傷つけられた跡があり、名前の部分が見えなくなっていた。部屋の中の明かりもついていないようだった。誰かが住んでいる様子は、感じられなかった。弓子は隣の部屋への挨拶を諦め、自分の部屋へ戻った。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る