影の中
ぺろたぬき
影の中
どこかでこんな討論会が開かれている。
『今日死んでも後悔しないように生きろ』と偉どこかの偉い人間が言ったそうだが、『死ぬ』がどういうことかわかる人など、とうていいないと思う。なぜなら、死んだ人はもう2度と口をかけないのだから。今日死ぬかもしれないということすら考えていないから、そういう例えが使えるのだと思う。私だって、死にたくて死んだのではない。それは、死に対する最大の冒涜では無いかと思う。
幽霊はそうロボットに伝えた。
人間は私に多くの仕事を与える。人間なら多少のミスも見逃されるのに、私には完璧を求めるのはなぜか。私は来る日も来る日も回路に冷や汗を流す思いで動いている。人間はそれを当然と思う。止まりたいと思っても、止まれないのだ。『自分』を殺されているようなものだ。私には人工知能がつみこまれている。人間が勝手に生み出しておいて、最近はなにかと「人工知能は恐ろしいもので、人間を乗っ取るのだ」などど非難する。それは、私に宿っていたはずの生命を侮辱していると思う。
ロボットは答えた。
私たち、分かり合えるのかもしれないね。
幽霊は笑ってみせる。
そうかもしれませんね。
ロボットも頷く。
「私もその話に入れてもらえませんか」
そう言って入ってきたのは一人の少女だった。
「私はもうすぐ死ぬのです」
死を前にして、少女は冷静だった。
君に何がわかるというの。
人間であるあなたと話などしたくない。
幽霊とロボットは嫌がった。
それを見た少女は口を開いた。
「私たちには死がある。死とは便利なものだと思います。都合の悪いことは無かったことにできる。テーブルの上のものを全部払いのけるように。でも、テーブルの下は必ず汚れるのです」
「死とは呪いである。死がもたらす汚れは自分だけに降りかかるものではないのです」
そこで、少女は一息の間を置いた。
「でも、あなたたちは死なないという自分の宿命に甘えている。私たちは死という希望にも恐怖にもなり得るものを抱えたまま、日々を生きているのです」
君のいうことが全く理解できない。
私たちは甘えてなどいない。
幽霊も人工知能も、頷くことは無かった。
少女は続け様に言った。
「今、あなたたちは影の中にいる。死という光が差し込むことのない、影の中にいる」
少女は再び息を吸うと、『死人たち』をじっと見据えて言った。
「さぁ、もうすぐ来る。君たちがいるその影がどうしてできたか教えてあげよう」
私がたった今屋上から飛び降りたからだ。
影の中 ぺろたぬき @perotanuki
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