第21話 世界を救う決断

もしもA社(ムーア・アンド・シュリー社)が倒産すれば、恐慌の被害は拡大し、世界経済は壊滅する。





そのA社のようす。


社長「社員くん。ニュースを見たまえ」


社員「はい」


社長「市場の平均株価がどんどん下がっていくよ」


社員「大恐慌ですね」


社長「大変な世の中だ」


社員「でも、僕たちはまあ安心ですよ」


社長「どうして?」


社員「株価が下がると、株をたくさんもってる人は損をします。しかし僕たちは株を持ってないから。安心です」


社長「いや、じつはね……」


社員「?」


社長「おれ、株、たくさん持ってるんだよね」


社員「あらら」


社長「しかも会社名義で」


社員「はぁ!? それじゃあ、会社が倒産しちゃうじゃないですか」


社長「ごめん」


社員「わが社が倒産すると、世の中さらに大パニックですよ。そんな株、早く売っちゃってください!」


社長「それが無理なんだ」


社員「どうしてですか?」


社長「今はさ、みんなが株を売ろうとしてるでしょ。だから、誰も買ってくれなくて」





ここはモルガン邸。


秘書「恐慌の被害が拡大してます」


息子モルガン「大変な世の中になったね」


秘書「とくにA社は、倒産ギリギリです」


息子モルガン「A社?」


秘書「はい。ここが倒産すると、恐慌の被害はますます広がります」


息子モルガン「怖いね」


秘書「でも、モルガンさんには関係ないですよ」


息子モルガン「どうして?」


秘書「このくらいの不況では、モルガン帝国はびくともしません」


息子モルガン「でも、困る人もいるんじゃないの?」


秘書「いますね」


息子モルガン「例えば?」


秘書「ほとんどすべての人々です。倒産や自殺が相次いでいます」


息子モルガン「そうか……」


秘書「A社が倒産して被害が拡大すれば、責任を取る形でルーズベルト大統領も失脚するでしょう」


息子モルガン「そうだろうね」


秘書「これは、大統領を倒す絶好のチャンスとも言えます」


息子モルガン「……」


秘書「どうしますか?」


息子モルガン「秘書くん」


秘書「はい」


息子モルガン「A社を救う方法を、考えよう」


秘書「その言葉を、待っていました」





モルガンはA社(ムーア・アンド・シュリー社)の救済に乗り出した。





秘書「方法は、あります」


息子モルガン「どんな方法?」


秘書「A社の保有している株を買い取るんです」


息子モルガン「それだけでいいの?」


秘書「はい」


息子モルガン「簡単なことだね」


秘書「モルガンさんの財力をもってすれば、買い取るのは簡単です」


息子モルガン「では、さっそく」


秘書「ただ、問題が」


息子モルガン「なに?」


秘書「A社の保有している株というのが……」


息子モルガン「うん」


秘書「鉄鋼業界の株なんです」


息子モルガン「鉄鋼業界の!?」


秘書「はい」


息子モルガン「……かまわない。買おう」


秘書「わかっていると思いますが、これ以上鉄鋼業界の株を保有すれば、反トラスト法に触れますよ」


息子モルガン「わかってる」


秘書「今度告発されたら、モルガン帝国は解体されます」


息子モルガン「わかってる」


秘書「いいんですね?」


息子モルガン「いいよ。世界征服の夢が終わるだけだ」


秘書「心残りですか?」


息子モルガン「少しね。もっと偉大な男になれると思ったのに」


秘書「ご決断、十分偉大です」





1907年11月4日(月) 。


モルガンは、A社(ムーア・アンド・シュリー社)の保有する鉄鋼業界の株(テネシーコール社の株)を買い取った。

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