親友だからおかしくない

ハゲダチ

第1話

 気づけば、今日もここにいる。


 靴を脱いで、鞄を置いて、飲みかけのペットボトルがそのへんに転がってて、それを見ても特に何も思わないくらいには、見慣れた光景だった。


「佳奈、そっち詰めて」

「はいはい」


 私は少しだけ腰を浮かせて、玲奈にスペースをあけた。

 そのまま横に座ってくるのも、何も言わずにこちらに背中を預けてくるのも、もう驚かない。


 玲奈はこういう距離感の子だ。


 無口だし、自分から人に近づくタイプではないけど、なぜか私にはあんまり遠慮がない。

 最初は少しびっくりしたけど、最近は、まあそんなもんかと思ってる。


「眠いの?」

「ん」

「そっか」


 それだけ会話して、また静かになった。

 沈黙っていうより、音がいらない感じのやつ。


 私は特にやることもなく、ぼーっと天井を見ていたけど、隣の肩が小さく沈むのが気になった。

 なんとなく見下ろすと、玲奈は目を閉じていた。


「寝るなら、ちゃんと横になったら?」

「ん。いまがちょうどいい」

「そう……」


 よくわからないけど、無理に正そうとすると機嫌を悪くするタイプなので、私はもう気にしないことにしている。


 というか、たぶんこの子、私がいればなんでもいいんだと思う。

 言葉にするようなことじゃないけど、そういうふうに思わせるところがある。


 玲奈とは、中学からの付き合いだ。

 席が近かったとか、部活が一緒だったとか、そういう偶然から始まって、気づいたらこうなっていた。


 お互いの部屋に入り慣れて、同じペースで話したり黙ったりしている。

 どこまでいっても「親友」なんだけど、それが別に物足りないとか、変だとか思ったことはない。


「今日、泊まってく?」


 目を閉じたまま、玲奈が言った。


「どうしよっかなー」

「どっちでもいいけど」

「じゃあ泊まる」


 即答した私に、玲奈がかすかに笑ったような気がした。

 見てないけど、たぶん、そうだった。


 私がこの子に何を許してて、何を許されてるのか、言葉にしようとするとちょっと難しいけど、

 でも、それでも問題なく日々が続いていくなら、別にそれでいいと思ってる。


 玲奈は、私の髪に手を伸ばして、何も言わずに指先で軽くととのえる。


「……跳ねてた?」

「ん」

「ありがと」


 返事はなかったけど、指が一瞬、止まった。

 そのあと、また静かに動き出して、やがてすっと離れた。


 この距離が、たぶん“ちょうどいい”ってやつなんだろう。

 私はそう思ってるし、玲奈も特に異論はなさそうだった。


 こんなふうに一日が終わっていくのは、悪くない。


 しばらくすると、玲奈がゆっくり身体を起こした。

 

「お腹すいた」

「早くない?」

「食べてないから」

「それなら、しょうがない」


 私がそう言うと、玲奈は素直に頷いた。

 ごはんを作るという発想はたぶんないんだろう。

 いつもこの流れで、出前とか、コンビニとか、たまにインスタント。玲奈の部屋で、まともなごはんを見た記憶はあんまりない。


「うどんでいい?」

「いいよ」

「カップのやつだけど」

「玲奈の“作る”は、それしか見たことないけど」

「……そんなことない」


 玲奈はそう言って、棚の方へと立ち上がった。

 お湯を沸かしに行ったらしい。私はその後ろ姿をぼんやり見送る。

 ああやって、なんでもなさそうに動くところが、玲奈らしいと思う。


 私と玲奈は、いわゆる「何でも話す」みたいな友達ではない。

 でも、お互いに必要なことは話してるし、話さなくてもわかることは、言葉にしない。


 そもそも、親友ってそういうもんじゃないかなって思ってる。


 数分後、お湯の入ったカップうどんをひとつずつ持って、玲奈が戻ってきた。

 カップのフタには、割り箸が乗っかっている。


 私たちは、並んでフタがふやけていくのをじっと待つ。

 別に会話が必要な時間じゃないし、何かを埋めようとする感じもない。ただ、そういう時間。


 三分たって、カップの中が完成した。

 私はわりと冷ます派で、玲奈は熱くてもすぐ食べる派。


 「やけどしないようにね」

 「ん」


 そのくせ、ちゃんと気をつけている様子はない。


 うどんを啜る音だけが、静かに部屋に響く。

 おいしいかどうかで言えば、まあ普通。でも、なんとなく落ち着く味だった。


 「これ食べ終わったら、何する?」

 「……とくにないけど」


 私は少しだけ考えてから、うなずいた。


 「じゃあ、ゲームする?」

 「ん、じゃあ負けたらチョコひとつちょうだい」

 「玲奈、それ絶対勝つ気じゃん」

 「ん」


 チョコレートは私が持ってきたやつで、さっき一緒に食べてたはずなのに、まだ目をつけてたらしい。


 「まあいいけど。勝ったらそっちもなんか用意してよ」

 「ん、わかった」


 玲奈はそう言って、カップを片づけに立ち上がった。

 私はその背中を見ながら、ふと思う。


 今日みたいな日が、明日も明後日も、ふつうに続いていくなら、それでいいなって。


 なんでも話さなくていい。気持ちを確かめ合わなくてもいい。

 こうして、近くにいて、同じ時間を分け合って。

 その全部を「親友だから」で済ませられるなら――


 それは、ちょっとだけ、いいことのような気がする。

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