【人】人は人に生まれない。人に成るのだ。
晋子(しんこ)@思想家・哲学者
人生はいつだって新しい「はじまり」である
人は人に生まれない。人に成るのだ。
この言葉を初めて心に浮かべたとき、私は何か重たい真実に触れてしまったような気がした。人間としてこの世に生まれることと、「人」として生きることの間には、決定的な違いがある。
誰しも、生まれた瞬間から“人間”という種に属している。それは生物学的な事実であり、誰にも否定できない。しかし、それだけでは足りない。人間として生まれても、すべての者が「人」になれるわけではない。人に成るためには、心の成熟と、意志と、選択と、葛藤が必要だ。
赤ん坊は無垢である。それは純粋であると同時に、まだ何も知らないということだ。善も悪も知らない。優しさも残酷さも、まだ手にしていない。だが成長とともに、世界の複雑さを知り、自分自身の中に眠る矛盾と向き合うことになる。他者とぶつかり、自分の未熟さに傷つき、他人を傷つける。そうして私たちは、人間であることの難しさを思い知る。
「人になる」ということは、ただ知識を得ることでも、社会に適応することでもない。それは、自分の中の獣性と向き合いながら、どうにかして理性と倫理を選び続けるという営みだ。他人の痛みに共感する力。他人の幸福を願う力。間違えたときに謝れる勇気。弱さを認め、過ちから学ぶ姿勢。そうした一つ一つの力を身につけて、ようやく人は「人に成る」ことができる。
だが現実はどうだろう。大人であっても、いや、大人だからこそ、まだ人に成っていない者がいる。暴言を吐き、弱者を見下し、自分さえ得すればそれでいいと考える人間が、世の中にはたくさんいる。彼らは何も学んでいない。時間だけが過ぎていき、歳を取っただけだ。彼らの心は、まだ幼いまま停滞している。
人は、放っておけば人に成れるわけではない。人に成るには、痛みが必要だ。傷つくこと、裏切られること、孤独に耐えること、自分の醜さに直面すること。そうした痛みを経験し、それを通して他者の痛みに想像力を持てるようになったとき、人は初めて「人」になる。
痛みを通じて、人は人に成る。だがそれは、誰もが通るわけではない。痛みから目を逸らし、他人のせいにして、被害者として生きる道もある。あるいは、他人を踏みつけて生き延びる道もある。そのほうが楽だから、人は簡単にそちらを選ぶ。だがその選択は、決して「人に成る」道ではない。
人に成るとは、毎日の中にある。今日、誰かに優しくできたか。怒りを抑えて、相手の立場を想像できたか。嘘をつかず、誠実であろうとしたか。自分の間違いに気づき、素直に認められたか。それらの小さな選択の積み重ねが、私たちを少しずつ「人」に近づけていく。
人に成るのは、決して一度きりの出来事ではない。生涯をかけて、何度も自分に問い直すことだ。「自分は本当に、人として生きているか?」と。ときには失敗し、ときには誰かを傷つけ、ときには自分自身がわからなくなる。けれど、それでも前を向き、自分を育てようとする意志がある限り、人は成り続けることができる。
人に成るというのは、ある意味で終わりのない旅だ。完成することのない、自分自身との対話だ。他者との関わりの中で、自分の在り方を更新し続けること。それは決して楽ではない。楽ではないが、だからこそ尊い。
生まれたままの人間で生きていくことはできる。だが、「人として生きる」ことは、自分で選ばなければ訪れない。それは苦しみと努力を伴う選択だ。けれど、だからこそそこには希望がある。人は、成れるのだ。どれだけ過去に過ちを重ねていようと、何歳であろうと、何度でも、人に成り直すことができる。
人に成るとは、自分の中にある獣性を飼いならし、理性と愛を武器にして生きることだ。感情に振り回されず、他者に思いを馳せながら、それでも自分という存在を持ち続けることだ。そうして初めて、私たちは人になる。
人は人に生まれない。人に成るのだ。
だから私は今日も問い続ける。
自分は今、本当に「人」だろうか?
そして明日もまた、成り続けようと思う。
【人】人は人に生まれない。人に成るのだ。 晋子(しんこ)@思想家・哲学者 @shinko
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