第15話 ドアの向こう

薄暗い廊下を照らす光とともにドアから顔を出したのは、

「料子ちゃん!?」

裏返った声に、自分でもちょっと驚く。

まさかの”叔母さんの登場”に、わたしは思わずドアの後ろから飛び出した。

「ここって、料子ちゃんの家だったの?」

そういえば。

ママが出張の前に言ってたっけ、「料子が引っ越すらしいわよ~」って。

でも、まさかこんなご近所さんになっていたなんて、このドアが開くまで知らなかったよ。

振り向くと、ケンタもトラもセキ君もユキちゃんも、ぽかんとした顔で固まっている。

「もっと片づいたら呼ぼうと思っていたの。でも、……どうしたの?」

料子ちゃんは、わたしと、それから後ろにいる4人の男の子を、順番に見渡しながら不思議そうに聞いた。

しまった。この4人と、ミドリ君のこと、何て言ったらいいんだろう。

「人を探してて……えっと、メガネをかけてて、背が高くて……」

とりあえず、しどろもどろになりながら説明しようとするわたしに、料子ちゃんはさらっと言った。

「ああ、ミドリね。今、奥にいるから、よかったらちょっと上がって。あ、みんなもどうぞ」

「え……」

ミドリ君が奥にいる!?

会えたらうれしいけど、でも、どうしてここに?

正直、何が起きているのかさっぱりわからない。

頭の中が、嵐みたいにパニックだ。

わたしたちは、目を点にしながら、すすめられるままに料子ちゃんの部屋へ入っていった。


「ミドリ君!!!」

段ボールの箱だらけのリビングの真ん中に、正座をするミドリ君がいた。

その手元には、缶コーヒーと、開きかけのアルバム。

「おや、お嬢さん。みなさんも、おそろいで……どうかされましたか?」

いつも通りの、のほほんとした姿。

よかった、無事だったんだ……

こわばっていた心と体が、急に軽くなったかと思うと、そのままストンと床に座り込んでしまった。

「おまえ、なにくつろいでるんだよ!!」

飛びかかりそうになるトラの両腕を、ケンタとセキ君が、すっかり慣れた手つきでがっしり止める。

「海苔買いに行く言うたまま帰ってこーへんから、探しにきたんやで」

「もー!すっっごく心配してたんだからねっ!」

みんなの剣幕におされて、はじめはピンと来ていなかったミドリ君も、

「私としたことが、お嬢さんやみなさんに心配かけてしまいましたね。不徳の致すところです」

なんて、しおらしく言った。

「ごめんね、私が勝手に連れて来ちゃったからみんな心配しちゃったのよね」

ミドリ君をかばうように言ったのは、料子ちゃんだった。

「スーパーの帰りに、ちょうどミドリに会って。海苔を買いに行くっていうから、うちにたくさんあるからあげるわよ、ってきたんだけど、……引っ越したばかりでどの段ボールにあるかわからなくなっちゃったのよね」

料子ちゃんは、キッチンにも積み上げられている段ボールの山をうらめしそうに見た。

「はじめは一緒にさがしてたんだけど、途中からアルバム見つけちゃって、ついつい……」

なんだ、そんな理由だったんだ。

はあ~っと、再び力が抜ける。

でも、アルバムって、ついつい眺めちゃうよね。

もしかしたら、そのアルバム、カメだったミドリ君が写った写真もあるかも。

「でも料子ちゃん、この姿なのにミドリ君だって、どうしてわかったの?」

「出張前の育美ちゃんから、ペットの人間化に成功!って写真が送られてきたからね」

なるほど、ママらしい。

ってことは

「みんなのことも……?」

「もちろんわかるよ~。つーちゃんの隣の黒髪がケンタ、茶髪で短気なのがトラ、金髪なのがセキ、ちっちゃいのがユキでしょ。みんなイケメンになったねぇ」

「すごぉい!大正解!!」

ユキちゃんがうれしそうにぱちぱちと手をたたく。その隣で、セキ君が

「せやろ!俺も自分で毎日、イケメンやわ~と思うねん」

なんておちゃらけた。

おかげで、ずっと気を張っていたわたしたちに、ようやく笑顔が戻った。

トラだけは、短気と言われたのが気にくわなかったようで、少しむすっとしてるけど。

でも、みんな、ミドリ君が見つかって本当に良かったって安心しているのがわかる。

そんなほのぼのした空気を変えたのはケンタだった。

「料子さん。きょうの夕方も、買い物に行く僕たちを見ていましたよね?そのときは、以前と香水が違って、料子さんって気づけなかったけど……」

ケンタは、真剣な目で料子ちゃんを見つめたまま言う。

「どうして僕たちのあとをつけていたんですか?」

低くて、静かな声に、部屋の空気がぴたりと張りつめる。

みんなの視線が、料子ちゃんに注がれた。

はじめは目をきょろきょろさせて「近所を散歩していただけ」なんて言ってた料子ちゃん。

でも、なおも見つめるケンタの眼差しに、観念したように

「やっぱり、ケンタはごまかせないね」

自分に言い聞かせるようにつぶやいてから、わたしの名前を呼んだ。

「つーちゃん」

「?」

「育美ちゃんが帰ってくるまで、私と2人で、ここで一緒に住まない?」

「え?」

いつになくまじめな顔をする料子ちゃんの提案を、わたしはすぐに理解することができなかった。

「ここって、料子ちゃんの新しいこの家で?」

「そう。ここなら、学校もスーパーも駅も近いし。何より、頼れる大人といるっていうのは、大事だと思うのよ」

そして、ちらっとケンタたちを見る。

「育美ちゃんから、人間になったこの子たちが一緒にいるとは聞いてはいたから、今日隠れて様子を見てた。でも、いざというときに子どもたちだけでは、心配なの。それに、つーちゃんも、……いろいろ大変でしょ?」

料子ちゃんの言葉に、わたしは、ケンタたちが人間になってからの出来事を思い出す。

たしかに、わたしたちは、みんな子どもだ。

それに、正体がバレないかって心配は、今もある。

できないこと、教えなきゃならないことも、たくさん。

でも……

「もし、わたしが料子ちゃんと一緒に住んだら、みんなはどうなるの?」

「実は……育美ちゃんから、念のためにって預かっていたの。つーちゃんが大変そうなら使って、って」

料子ちゃんの視線の先には、キッチンに置かれた小瓶。

その中には、紫陽花を思わせる薄紫色の液体。

優しさと冷たさの混じったその色は、わたしの胸の奥をざわめかせた。

「ペットに戻ったら、ここでは飼えないけど、私と交代で家へお世話をしに行けばいいじゃない。それが無理なら、ペットホテルに預けてもいいわ。ね?つーちゃんにとっても、負担の少ない、いい方法だと思うんだけど」

料子ちゃんの、優しいけれど断れないような言い方。

わたしはなぜか、目の奥がじんと熱くなって、でも、こらえた。

料子ちゃんは、オトナの考えで、コドモのわたしのことを守ろうとしてくれているんだ。

そして普通は、きっと料子ちゃんの言う方法が、当たり前。

ママが出張に行ってからの生活が、特別だっただけ……。

でも、その特別が、あまりにもステキだったから

「……本当に、それがいいのかな」

わたしの口から、誰にも聞こえないくらいの、小さな声がもれた。

料子ちゃんがわたしを心配してくれているのはわかるし、素直にうれしい。

でも、本当にそれが、”わたしにとってのいい方法”なの?

胸の中に広がるこの気持ちは、――不安?さびしさ?迷い?

「ねえ、ボクたち、つーちゃんと、一緒に住めないの?」

ユキちゃんが、誰にでもなく聞く。その瞳は、不安でいっぱいだ。

「まだそう決まったわけやない。つーちゃんが考えるんや」

セキ君が、ユキちゃんの頭をゆっくり撫でながら優しく言う。でも、そこに、いつもの明るさはなかった。

「確かに、我々5人と暮らすよりも、料子さんとお嬢さんの2人で暮らす方が、お嬢さんにとっての負担は少ないかもしれません」

いつも通り冷静なミドリ君が、伏し目がちに言う。

「負担??オレらなりに頑張ったつもりだったけど、やっぱりお荷物だったってことかよ」

唇を噛み締めながら言うトラに答えるかのように、ケンタが

「僕たちがいることで、つかささんの負担になるのは、嫌なんです」

その目には、優しさと悲しみが混じりあっている。

ちがう、みんな、勘違いしてる!

だって、”わたしにとってのいい方法”って――

「……あのねっ!」

意を決して口を開くと同時に、甲高い電子音が鳴り響いた。

わたしのスマホ。

着信画面に表示されたのは、「ママ」。

こんなときに、何なの。電話なら昨日したのに。

そう思いながらも、仕方なく通話ボタンを押す。

「ママ、何?」

『あ、つーちゃん?ちょっと、もー!こんな夜にどこ出歩いてるのよ~?せっかく帰ってきたのに、誰も居ないからびっくりしたわよ~!』

カタン

わたしの手からスマホが滑り落ちた音が、部屋にひびく。

誰も、動かない。

『あれ?聞いてる?ママが帰ってきましたよー!』

ダンボールの山に、ママの元気な声だけがこだました。

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