第3話
その日の“恋愛講座”を終えたあとも、俺の胸はずっとそわそわしていた。
白石結月──学校の誰もが憧れる存在が、俺とふたりきりで会話して、真剣な眼差しで恋愛の話をしていた。
あれは夢だったんじゃないか。そう思ってしまうほど、現実味がなかった。
けれど次の日の朝、登校中の正門前で彼女に会ったとき、その幻想はすぐに現実へと引き戻された。
「……おはよう、圭太くん」
通学路の途中で、いつもなら絶対に交わらないはずの挨拶。
制服姿の彼女が微笑んで、俺に手を振った。
「き、昨日はありがとう。また今日も、お願いしてもいい?」
その瞬間、通りすがりのクラスメイトたちが、ざわ……っと動揺する気配を見せたのが分かった。
俺はただ、「あ、あぁ……」と曖昧に返すことしかできなかったけれど、心臓はバクバクとうるさく鳴っていた。
◆
放課後、昨日と同じく、ふたりで中庭のベンチへと向かう。
「今日はね、“スキンシップ”の練習しようと思って」
「……す、スキン……え?」
聞き間違いじゃなかった。彼女は手帳を開いて言葉を続ける。
「えっとね、“さりげないボディタッチは距離を縮める効果がある”って、ちゃんとネットに書いてあったの」
彼女の真剣な顔に、俺はつい頭を抱えたくなった。
「……その前に、俺たち、まず名前で呼び合うとかから始めたほうが……」
「あっ……それ、たしかに!」
結月は手帳を閉じて、顔をぱっと明るくした。
「じゃあ、呼んでいい? 圭太くん」
「お、おう……。じゃあ、俺も……結月、でいいか?」
「うん!」
たったそれだけのやりとりで、なぜか心の中がぐらりと揺れた。
彼女の名前を呼んだとき、ほんの少しだけ、距離が近づいたような気がした。
◆
実際の“スキンシップ”はというと、
「じゃあ……これ、ね」
そう言って結月が俺の袖を、ほんの指先でつまむように触れた程度だった。
それでも、心臓が跳ねた。
「……こ、こんな感じでいいのかな?」
「い、いいんじゃないかな……」
どちらからともなく笑い出してしまって、緊張が少しだけほぐれた。
それでも、距離は近いまま。
手帳の端っこが、ふたりの膝のあいだで軽く触れ合っていた。
仮の恋愛講座。仮の関係。
だけど、なぜだろう。
彼女と触れたこの感覚は、全然“仮”なんかじゃなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます